学校に着いた後も、ゴウの予想に反して、朝から感じていた倦怠感はゴウの身体の中で燻り、蟠り続け、
放課後を迎える頃には朝より酷いものになっていた。
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Metamorphose ― 7 +++
『風邪でも引いたか…?』
昨日は冷え切った父の仕事部屋で長い時間寒さを感じたまま居た上に、普段の睡眠時間と食事時間を大幅に無視し、
その前の一昨日は睡眠時間が少しばかり短い。
…久し振りに母と会った所為で、緊張していた所為もあるかも知れない。
学校では、昨日学校に行かなかった事で、一昨日の放課後のベイバトルで俺に負けたリンがリベンジ出来ずに待ち惚けを食った分と、
早朝にそのリンから(どう考えても不可抗力だが)恨みを買った事も併せて、
本日のベイバトルは、彼女のベイに宿っている白虎と、俺のドランザーに宿っている朱雀との、紅と白の聖獣合戦になってしまい、
余計体力を消費した。
聖獣が見えていない奴等には、俺やリンが疲れていく理由は判らなかっただろうが、青龍の宿るベイ“ドラグーン”の現所持者で、
当然聖獣も見えているマコトには、『お前ら白熱し過ぎだよ』と苦笑顔で言われ、おまけに休み時間内に決着がつかなかった所為で
授業に遅れ、担任にも怒られた。
併し、リンだけは俺の体調の変化に目聡く気付いたようで、担任の雷が落ちた後、職員室から教室に戻る廊下で
『…大丈夫?さっきから何か顔色悪くない?』と、金色の瞳に何処か心配そうな光を宿し、言ってきたが、
その言葉も『何でもない』と押し退けた。
―――…リンの観察眼は時に鋭過ぎる。
此方が必死になって隠していても、まるで千里眼でも持っているかのように見通し、核心を突いた言葉を送ってくる。
その観察眼が此方に有効なうちは有難いが、此方が周りに対して隠しているものをああも簡単に指摘されて露呈されるのでは、厄介な事この上ない。
…そして、時は放課後。
家庭科部に入部しているリンと、剣道部に入部しているマコトとは、HRの後、クラスで別れた。
時折剣道部に呼ばれる事はあるが、基本的に帰宅部であるゴウは、独り帰宅途中にあった。
まだ17時前だと言うのに、西の空は茜色に染まっている。…この分では、あと1時間もしないうちに日も沈むだろう。
そして、ゴウの背中に背負われている鞄の中には、帰りのHRで渡された、見せるだけ無駄に終わりそうな『授業参観』の案内が書かれた紙。
唯でさえ激務にある両親に、『授業参観に来て欲しい』という、この一種の“我侭”をいう事は、
両親に対して劣等感を持っているゴウにとっては非常に言い出し難い代物であった。
…何より、この事を言おうにも、母はつい昨日ロンドンへ行ってしまったばかりで、次の帰国予定は恐らく最短でも3ヶ月は先の話だろうし、
父も、昨日の様子では例えこの事を言ったとしても、授業参観などに来る時間は皆無、結局は『行けない』と断られるのが関の山であろう。
祖父は1年の殆どをベイブレードの研究に費やし、火渡系列のベイブレード関連の研究室に篭ったままだし、
祖母は火渡の実家で曽祖父の側に付いている筈。
曽祖父は、父に会社を譲り渡した後は大人しく隠居生活を送っている、肉親の中では考えうる限り一番の暇人ではあるが、
正直に言って、あまり授業参観に来て欲しい人物ではない。
本日何度目か判らない溜息を吐きながら、公園の前を通りかかると、『いっけーっ!!』という拙い声が上がった。
何だろうと視線を向けてみれば、公園の中に設置されているベイスタジアムの前で、5歳ぐらいの男の子が楽しそうにベイブレードを回しているのが見えた。
男の子の側には、その子の父親らしき男性が得意顔の男の子の頭を撫でていて、
少し離れたベンチには、男の子の母親らしき女性が、弟らしき小さな子供を抱き抱えたまま、微笑みながら男の子の様子を見ていた。
…何処ででも見れるようなこの風景が、自分にはなかった事をふと思い出し、ゴウは静かにその場を後にした。
…何だか、余計なものを見てしまったような気がする。気分が酷く重い。
背中の鞄の中にある『授業参観』の案内の事を思うと、マンションに向かう足取りは更に重くなる。
授業参観の事を父に言うだけ。…たったこれだけの事が、酷く言い難い。言い出し難い。
『如何しようか…』と、唯それだけを考えながら帰宅し、玄関の扉へと鍵を差し込んだ。
カチリを小さな音が鳴るのも耳に入らないまま、ゴウは俯いたまま玄関へと入り、
「お帰り」
正面から投げ掛けられた柔らかな女性の声に、慌てて顔を上げ―――目を見開いた。
「…どうかした?」
逆に、きょとんとした表情でそう訊ねたのは、先日から時々家にやって来ては、家の掃除と朝食・夕食の準備をしていくレイ―――さんの姿。
訊ねられても固まったまま反応を返さない俺に小さく微笑み、「ほら、それ重いだろ?」と言いながら、
レイは玄関マットの上に膝を付け、ゴウが背中に背負っていた鞄を脇へと取り上げた。
「ダイニングにおやつ用意したから――――わっ!」
突然ゴウに飛びつかれて、そのまま後方へと尻餅を付いてしまう。
「ゴウ…君?どうかした…?」
首に手を回し、ぎゅうと身体を押し付けてくるゴウに訊ねるが、相変わらず返事はない。
併し、その身体が小刻みに震えているのを感じ、レイはゴウの背中をポンポンと小さく叩いて、安心させるようにそっと抱き寄せた。
それから数十分後、少しずつゴウの息が荒くなっている事と体温が上がってきていることに気付いたレイは、
何時の間にか腕の中で少し苦しそうに眠っていたゴウをそっと抱き上げると、部屋のベッドへと運び、
服のボタンを幾つか外して緩めてから寝かせると、枕元の電球を付け、静かに部屋を出て行った。
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<UP:04.11.15>