強化ガラス越しに外の景色が見えるエレベータは、ゴウ独りを乗せて最上階へと向かっていた。
身体に軽く感じるＧはほんの数分間で、エレベータは最上階へ到達し、ゴウは右側の操作卓に、自分専用のＩＤカードを通し、
ウィンドウに示された順通りに、右上のカメラで虹彩を認証。
更にパネルに右手を当てて、手の平の血管の網羅具合を赤外線で透視する赤外線認証をクリアして、
漸くエレベータは、最上階の社長室へと通じる長廊下への扉を開いた。
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Ｍｅｔａｍｏｒｐｈｏｓｅ ― ５ +++
エレベータから１歩踏み出せば、そろそろ外も寒くなって来たというのに、まだ冷房が入っているのか、肌寒い空気が身体に纏わりつき、
ゴウは小さくくしゃみをしながら、社長室の扉脇に立つＳＰには目もくれず、扉をノックした。
「…話は出来たか？」
人体優先と言うよりは、機械が優先されているのだろう。真夏でも手足が冷えてくるのではないかと思えるほどの低い温度に設定された部屋の正面奥で、
一面空しか見えない強化ガラスに覆われた壁を背に、２台のデスクトップＰＣを左右脇に置き、正面にノートＰＣを据えたまま、
書類を持つ手は左手に、右手は凄まじい速度でノートＰＣの操作卓上を走り回っている父は、視線はゴウに向ける事無く、開口一番にそう訊ねた。
「うん。…５分位、かな」
部屋の脇に置かれた来客用ソファに腰を下ろしながら答える。
「そうか。…もう暫く待っていてくれ。この仕事だけ終わらせる」
「うん……っくしゅ；」
頷こうとしたが、又もくしゃみが出る。
「寒いか？」
「…ちょっと」
ソファに腰を下ろしたまま、部屋の寒さに小さく震えている息子を見て、操作卓の上を走り回っていたカイの手が止まる。
「…下の仮眠室から毛布を貰ってきますわ。此方に毛布を届けてから、書類をお持ちします」
小さく微笑みながらやんわりと口を開いたのは、隣の部屋から微かに湯気の上がっている紅茶をゴウの元へ運んできた父の秘書。
「頼む。…あぁ、仮眠室側の総務に、ＨＡＰ−００１２のデータを此方に回すように伝えておいてくれ」
「畏まりました」
紅茶の入ったカップを両手で包み込み、少しでも暖を取ろうと、部屋の空調と静かに格闘し続けるゴウの視界の端で、
扉前で一礼し、部屋を退出する秘書の姿がちらりと映った。
「…ゴウ？」
秘書によって２枚の毛布がゴウに届けられてから彼此数時間が経過し、時計が１３時３０分過ぎを指し示した時、
カイは漸く目前の書類の山を片付け終えた。
「お疲れ様です…ゴウ君は待ち草臥れたようですわね」
幼い頃から、時々激務の最中にある父の元に突然やって来ては、何をするでもなく待ち草臥れてそのうち眠る…という光景を
幾度か見掛けている秘書は、微笑みながらカイから書類を受け取る。
「娘が申していましたわ。『火渡君は学校でも大人気だよ』って。
いつもゴウ君と一緒にベイブレードの世界大会に出ているブレーダーの…確か、木ノ宮君と言ったかしら。その子と一緒に学校中の人気者だって。
…あぁ、最近は転入生が一人入ってきて、その子とよくバトルしているそうですわ。
『女の子だけど、火渡君達と同じ世界大会出場経験のあるブレーダーなんだよ』って、楽しそうに」
そう言って、秘書は小さく笑う。
「…そうですか」
カイはそう返し、ソファで眠っているゴウを毛布ごと抱き上げ、社長室を後にした。
その後、昼食だからとカイに起こされたのにも関わらず、昼食後に再び眠ってしまったゴウを見て、
「昨晩寝ていないのですか？」
と秘書がカイに訊ね、顔を見合わせる大人２人を余所に、結局ゴウが割と長い間目を覚ましていたのは、帰宅した午後６時過ぎだけだった。
因みに、遡る事数時間前。
昼下がりのポカポカと暖かい陽気が教室の窓から差し込む５時間目の教科は「国語」だった。
「次、Ｐ．３６から…木ノ宮、読んで」
「……………」
（…ちょっと、マコトいい加減起きなさいよ。本読み指名されてるわよ）
「…ん〜…なんだよ〜…」
（マコト！先生に怒られるって！昼下がりで眠いのは判るけど、いい加減起きなきゃ――――やばっ！）
「木ノ宮！！！」
「はい！！…って、何だ先生かぁ〜…」
「何だじゃない！続きを読むんだ！」
左手に持った教科書を右手で指し示し、担任の雷が落ちる。
「読む？えっと〜………リン、どこから？」
「…Ｐ．３６から」
顔の前に片手を立てたマコトから助けを求められて、小さく嘆息しつつも助け舟を出してやる。
『ゴウがいないとここまで酷くなるのね〜…』
『私が転入する前は、さぞやゴウは苦労したに違いない』と確信して、漸く朗読を始めたマコトを尻目に、
リンは何処か遠い目をしながら窓の外へと視線を向けた。
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＜ＵＰ：０４．１０．３１＞