突然家に現れた父の友人らしきその女性は、3人分の夕食と後片付けをしてから帰って行った。
帰る時に父が送ろうとしたようだったが、『近いから構わない』と片手を振って断っていた。
…父の友人だと言う事は何となく判る。でも、あの人は本当に“家政婦”なんだろうか?













+++  Metamorphose ― 3 +++













…確かに、家事に必要なやる事為す事全てを一手に引き受け、雑用を全てこなすその姿は、実家の至る所に居るメイドのようだったが、
その割には随分父と同等に渡り合っていたように思える。
第一、父も帰宅早々女性を抱き締めているのだ。…一応、双方に嫌がっているような素振りが無かったとは言え、
万一メイドとして雇っておいてこんな事をしたのなら、これは犯罪だろう。
…別居しているとは云え、一応妻が居る身なのだから。

自室のベッドに仰向けに倒れ込み、ベッドライトに照らされた薄暗く染まった白い天井を眺めながらそこまで考えて、ゴウは一旦考えるのを止めた。
上半身を起こし、机の上の鞄と青いベイに目を向ける。

    ――――もう、何ヶ月間母と会っていないのだろう?

別居こそはしているが、別に両親は不仲ではない。
自分が『会いたい』と望めば、本社に出社している時であろうと、2人とも必ず会ってくれる――――その時間は、限りなく短い時間しかなかったが、
それでも、2人はたった一人の息子の願いは必ず叶えてくれた。
…唯一つ、『別居』を除いて。


両親の別居が始まったのは、まだ火渡本家で暮らしていた約5年前、自分が5歳の誕生日を迎えたその次の日からだった。
母の海外勤務が正式に決まって『一緒に暮らせない』という話だったが、あれから5年の月日が流れて、時折母が日本に戻って来ても、
一度たりともこのマンションに来る事はなかった。
寂しくない訳ではない。…けれど、幼い頃のように、『寂しいから』と、激務にある両親を呼び出す訳にはいかない。
そんな簡単な分別も出来ない、聞き分けの利かない年頃では、もう無いのだから。
…だからこそ、ここ数年は『何故一緒に暮らさないのか』という事を、両親に質問する事を“禁忌”としてきた。
只でさえ、家事を担当できない自分の代わりに家事をする為に、まだ仕事が山ほどあるだろうに、毎日ほぼ定刻に帰宅する父の存在は、
『早く帰って来てくれて嬉しい』と思う反面、『自分の幼さ故に、父に迷惑を掛けている』事が申し訳なくて、
ゴウの心の中には常に、両親に対する劣等感が渦巻いていた。





普段から、心の奥底にこの劣等感を箱に詰めて、厳重に鍵を掛けて、その上から更に頑丈な鎖を雁字搦めに巻いて、厳重に封印してきた。
でも、つい数刻前、その箱の鎖が、鍵が、少しだけ緩んで、動いたような気がする。
父が玄関で見送ったあの女性―――確か、名前は“レイ”だと言っていた―――に夕方抱き締められた時に感じた
懐かしい温もりの“正体”に気付いてしまったから。
それが誰から与えられていたものだったのかを、思い出してしまったから。

『オモイダスナ』
『イツマデモワガママヲイウコドモジャナイダロウ?』
『ハヤク“メイワクヲカケナイオトナ”ニナラナキャ』

…早めにドランザーのメンテナンスをして寝ないと、明日体力が持たない。
明日も自分を迎えにやってくるであろう木ノ宮の事と、学校で再びベイバトルをしなければならないであろう事を思い出し、
ゴウは深い溜息を吐き、枕元のライトを消して布団の中へと潜り込んだ。








翌朝。
「今日もいい天気だな〜っと♪」
…学校へと向かって歩く俺の右横では、相変わらず大欠伸と両腕を天に向けて伸びをする木ノ宮の変わらない姿があって、
「早上好!マコト、ゴウ!」
後ろから駆けて来て、俺と木ノ宮の背中にタックルしてきた赤紫色の三つ編み髪のお転婆娘ことリンが、俺の左横に並ぶ。
「今日もするでしょ?ベイバトル」
「勿論だぜ!!」
「今日は昨日みたいに負けないからね!マコト!
…それから、ゴウも昨日みたいに逃げないでよ!」
「余計なお世話だ、猫娘」
「誰が猫娘ですって?!!」
「お前以外に誰が居る、猫娘」
「〜〜〜〜っまた言ったわねこの兎!今日こそアタシのドライガーがアンタのドランザーをスタジアムアウトさせるんだから!!」
「誰が兎だ!」
「…っていうか、何でゴウが兎?」
道路端で睨み合うリンとゴウの顔を其々眺めつつ、不思議そうな顔で疑問の声を上げたのはマコト。
「…あぁ、ゴウの瞳って紅瞳でしょ?だから兎」
「あぁ成程」
「あっさり納得するな叩き!」
「何で俺が叩きなんだよ!!」
「〜〜〜っふふ、前髪を帽子から出してるのが叩きの先みたいに見えるんでしょ?」
「正解」
「うっわ2人とも酷ぇ!!」





楽しそうな笑い声が辺りに響き、今日も天には一昨日から変わらない蒼穹の空が広がる。
…でも、“朝の風景”は、リンが増えて少し変わった。




















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