壁一面に張られた鏡に映るのは、同じデザインの真っ白なウェディングドレスに身を包んだ、2人の女性の姿だった。













+++  Metamorphose ― 10 +++













『レイ…本当に御免なさい』
『いや、これはもう仕方のない話だし…それに、俺も謝らなきゃ…』
『良いのよ。本当に“仕方のない話”ですものね…レイと私は“お互い様”なんだし』
“彼女”はゆっくりと首を振って苦笑すると、白いウェディングドレスの裾を踏まないように左手でそっと持ち上げ、
“彼女”と同じく、白いヴェールの向こうで、申し訳無さそうな、辛そうな表情で俯いているレイの肩へと、白いレースの手袋を挿した繊手を乗せた。
『……アイツを支えてやってくれ。放って置くと、独りで何でも背負い込む奴だから…』
『それはカイに限らず、貴女も、…でしょう?』
『…そうか?』
『相変わらず自覚無いのねぇ…貴女の“意地っ張り”に関しては、仁さんからよおっく聞いてるのよ?
普段は何でも器用なのに…相変わらず自分に関する事には鈍いわね』
『そ、そうかな…って、ジンがそんな事言ってたのか!?』
『えぇ。先日偶々お会いした時も、随分楽しそうに仰ってましたよ?』
『…………』
『レイ。…此方こそ、“あの人”を頼みますね』
『…判ってる。アヤの頼みだしな』
『有難う』
彼女は笑って手を差し出し、レイを椅子から立たせると、
『…少なからずとも、カイは…直ぐに貴女の許に戻りますから』
誰にも聞き取れないような小さな声で呟いた。
『え?…今何か言ったか?』
『いいえ。…何でも』
『何か…楽しそうだな、アヤ』
『そうね…10年後の貴女の事を思うと、楽しくて』
『は?』
『さぁ行きましょう。いい加減2人が痺れを切らしているでしょうから』
彼女はレイのヴェールとティアラを正して微笑うと、きょとんとした表情を浮かべたままのレイの手を引いて、部屋を出て行った。



――――そして、『今』。
この“記念日”から、約10年の年月が経過した。…が、“彼女”とは、この日以来、一度も会っていない。





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看護士がナースステーションへ帰っていくのを見届け、カイは荷物をソファーベッドの隅へ押しやり、部屋の電気を蛍光灯から電球に切り替えた。
「レイ、お前は如何する?帰るなら車を…」
「俺も泊まる。ゴウ君の事気になるし…それに、今頃帰ったら俺が蹴られる」
レイは腕時計に目を落とし、苦笑しながら頬を掻く。
「凶暴なところはお前に似たか…ぐふっ!!」
ぼそりと呟かれたカイの科白に、即座にレイの肘鉄がカイの左脇腹に打ち込まれる。
族長としての立場はライに譲った――――と、レイ本人が昔言っていたとは言え、流石は時の皇帝に寵愛された戦闘集団“白虎族”の族長候補だった事はある。
肘が打ち込まれた場所は的確に痛点を突いていたらしい。思わず脇腹に右手を伸ばし、床へ片膝を突く。
「“アイツ”が起きる頃に、家に連絡入れるよ。…一応無断外泊だからな。
それに…“アイツ”は、カイと違って、何も言わずに居なくなる子じゃない」
心なしか声が硬くなり、更に嫌味まできっぱりと言い切ったレイは、ベッドサイドに置かれた椅子に座り、ゴウの額へと手を伸ばした。
「熱は下がってきているな…良かった」
「…レイ?」
「俺がもう少しちゃんとゴウ君の様子見てあげれてたら、せめて脱水症状だけでも起こさなかったのにな、って思って…」
「…レイ」
「いや、今から言ってももう遅いって事は判ってるんだけど……カイ?」
「お前が気にする事じゃない。…ゴウが風邪を引いたのは俺の所為だからな」
「は?」
「一昨日だったか…“アイツ”が一時帰国したから、会社に連れて行ったんだが…その時から様子がおかしかったからな」
「アヤが?俺も会いたかったな〜……じゃなくて!気付いてたんなら、もっと早く休ませれば…」
「だから俺の所為だと言っているだろう」
深い溜息を零して踵を返すと、カイはソファーベッドの脇へ回り込み、その背へと手を掛ける。
「あ、俺も手伝う」
2人掛りでソファの背を倒し、カイはソファーベッドに座ると、隅に寄せておいた鞄の中から、小さく丸まった薄手の毛布を引っ張り出し、
正面に立っていたレイを手招きした。
「何だ?」
「何だ、って…一晩中寝ないつもりか、お前は」
「え?…此処で?」
「此処以外何処があるんだ。ホテルでもあるまいし…この部屋以外開いている部屋なんて何処にも無いぞ?
…もう寝惚けてるのか?」
「誰が!失礼な奴だな…もう」
溜息を零しながらカイの右横へレイは座ると、毛布の右端を掴んで身体に巻き付けた。
「…おい、引っ張りすぎだ」
「カイの図体が大きいのが問題なんだろっ…俺だって、これ以上譲歩出来ないって」
「…判った。こうすれば良いんだろう?」
小さく溜息を付き…言うが早いが、カイはレイの腰に手を回して、膝の上へとひょいと抱き上げた。
「わ!…って、いきなり何するんだ!!」
…体勢的には、カイの膝の上に丁度横座りしているような体勢。
部屋の照明が薄暗い所為で、今一つよく判らないが、きっと顔中真っ赤になっているであろうレイは、カイの耳元で思わず叫んだが、
「五月蝿い。…何を今更騒ぐ事がある」
此れしきの事で、と、鼻で笑ってみせるカイの横顔をレイは思いっきり睨み付けたが、効果は皆無に等しい。
「やっぱりもう1枚持って来るんだった…毛布…」
暫くカイの腕の中から逃れようとジタバタ暴れていたレイだったが、下手に動くと派手な物音が部屋中に響く事と、
どう足掻いてもカイの束縛から脱け出せない事に、如何やら諦めが付いたらしい。
大人しく、カイの肩に凭れ掛かって、ぼそりと後悔の言葉を口にする。
「あ〜…俺、アヤに殺される…」
カイが毛布を掛けてくれる傍から、半泣き顔で“親友”へと詫びを入れるレイを一瞥し、
「アイツは別に何も言わないと思うがな」
「…浮気者」
「何とでも言え。俺は今でもお前を手放したつもりは無いぞ」
「…勝手に言ってろ」
「その割には顔が赤いぞ?」
「五月蝿いっ!」
「あんまり大声を出すな。近所迷惑だ」
「誰の所為だと思ってるんだよっ!」
「だから耳元で騒ぐな…別に何もしない」
「う〜〜……」
赤面を超えて、最早泣き顔に変わりつつあるレイの背中をあやす様に軽く叩いて、長い髪を束ねていた赤いリボンを解く。
「拗ねるのはお前の勝手だがな」
「…もういい」
「良い子だ」
くっくっと小さく笑うと、カイはレイの長い髪を手櫛で梳き、レイが落ちないように抱き寄せると、目を閉じた。





…数分後、全員が眠りについた部屋の中では、計器の音だけが微かに響いていた。




















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 <UP:04.12.25>