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空には青空が広がり、格好の洗濯日和な休日。
カタカタカタと、キーボードの奏でる単調な音が続く中、背後を歩く微かな足音が耳に入った。












+++  Mistake* ― 1 +++












「…何処へ?」
「ん?あぁ、買い物行こうと思って」
椅子をくるりと回転させて、カイが見据えた先――――11時30分を知らせる壁掛け時計の電子メロディを背景に足音を立てていたのは、
ここ5年程同居状態にあるレイ。
『世界が見たい』と、白虎族の村から飛び出て来たのは良かったものの、今度はその異文化に触れ過ぎて、村に戻っても逆に落ち着かなくなってしまった、と、
確か数日前も彼女はぼやいていた。
おまけにそれが『カイの所為だ』と、無茶苦茶な理由を突きつけてくるものだから、此方としては非常に困る――――いや、今はそんな事は如何でも良い。

彼女は、暢気にも『さっき冷蔵庫開けたら、お昼御飯の材料が少なくてさ』と笑って、靴箱から靴を取り出して履くと、
脇に置いてあった手提げの買い物籠を取り上げた。
「俺も」
「行かなくて良いぞ。…どうせまだ仕事が残ってるんだろう?」
「…済まん」
「良いよ。土曜日にカイが家に居る事自体が珍しいからな」
「嫌味か、それは」
「違うって。…じゃ、行ってくる。遅くなっても1時間以内には帰るから」
「あぁ」
…毎回繰り返される会話。
何処かの五月蝿い3人組に言わせれば『色気の無い会話』らしいが、この会話に色気を入れること自体が不可能に近いと、何故奴らは考えられないのだろうか。
似非アメリカン曰く、『もっと精進するネ、カイ!』だそうだが、今ひとつ何処を如何精進したら良いのかさっぱり判らない――――寧ろ判りたくも無い。
…と言うか、こんな下らない思考をするよりも、仕事をさっさと終わらせる方が重要か。
カイは一つ溜息を付くと、椅子を回してパソコンに向かった。










壁に掛かった時計が11時45分を示し、壁掛け時計から電子メロディが流れた後、
玄関で呼び鈴を鳴らす音が聞こえ、カイは椅子から立ち上がった。
普段ならレイが出てくれるだろうが、今この家―――火渡系列の高級マンションの最上階―――に居るのは自分しか居ない。
部屋から廊下に出て、玄関の覗き穴から外を見ると――――誰も居ない。
『もう立ち去ったのか?』と思って踵を返すと、再び鳴る呼び鈴。
仕方なく玄関の扉を開け――――矢張り誰も居ない、と思った途端、
「――――パパ!」
足元にタックルされたような衝撃と共に、幼い女の子の甲高い声が上がり――――カイは無様にもそのまま玄関に尻餅をついた。






「…………」
目が点になる、というのはこういう時に使う表現なのだろうか。
目の前に居る――――と言うより、寧ろ玄関の床に座り込んだ自分の首に小さな手を回してがっしりと抱き着いているのは、
およそ6歳ぐらいだろうと思われる、黒蒼色の長い髪を三つ編みにした、レイに良く似た顔立ちの少女。
まるで子猫のように、嬉しそうに抱き着くその様子は、つい先程買い物に出掛けたレイによく似ている…というより、寧ろ『そっくり』。
顔立ちも、レイをそのまま幼子にしたような感じだが、各“部分”――――右瞳はレイと同じ琥珀色だが、
左瞳は――――あまり例えたくはないが、その色は自分の瞳と同じ、柘榴のような深紅色をした、世にも珍しいオッドアイ。
…まぁ、どちらかの片目にカラーコンタクトを入れている可能性もなくは無いが。
一本の三つ編みにした長い髪の色も、レイの黒紫色の髪というよりは、自分の後ろ髪と同色の黒蒼色。
それだけでも十分混乱できると言うのに、
「パパ、今日はお仕事行かないの?ママは何処行ったの?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すちびレイの、髪から覗く耳は、白虎族特有の尖り気味の耳だった。




『――――レイ、助けてくれ』
この際レイでなくても構わないから、と、真っ白になりつつある思考の中、カイは急に襲ってきた眩暈を堪えながら切にそう願った。
レイが帰宅するまで、あと45分。突然現れた腕の中の少女は…如何したものか。















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