1時間目が過ぎて、2時間目が過ぎて。
3時間目が過ぎて、4時間目が過ぎてお昼が過ぎて。
5時間目が過ぎて、6時間目が終わっても、腐れ縁の幼馴染が姿を現す事は無かった。













+++  Metamorphose ― 12 +++













放課後、家庭科部に寄っていくというリンと別れて、マコトが机の上の鞄を持ち上げた時、教室で机に向かっていた担任が手招きをした。
「木ノ宮」
「はい?」
「火渡の家に、今日配ったプリントを届けてやってくれないか?」
そう言って、担任はマコトの方へプリントの入った茶封筒を差し出す。
「…分かりました」
マコトは茶封筒を受け取ると、独り教室を出て、
『明日は学校も休みだし、届けに行った時にもう一度コールしてみるかぁ…』
校門を出て独りで通学路を歩きながら、マコトはそう心に決めると、ゴウの住むマンションに向かって走り出した。





マンションの玄関の扉を開け、慣れた手つきで部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押す。
…けれども、相変わらず誰も一向に呼び出しに出ない。
「…何処かに出掛けてんのか?アイツ;」
確かに、彼は火渡エンタープライズの御曹司で、両親の仕事の都合で学校を突然休む事だって稀にあるし、
今でこそ歩いて学校に通っているが、最初の頃は黒服のボディーガードを何人も連れた上に送迎車で登校するという、何とも目立つ事をやっていたのだ。
彼の御曹司という立場上、(口に出して言われている訳ではないだろうが)迂闊に歩き回る事も出来ず、行動を制限されている事も知っているし、
今までに何度も何度も命を狙われていた事も知っている。
何度か現場に居合わせた事があるし、ゴウが家に遊びに来ている時に襲撃された事だってある。
…只、直接ゴウに襲い掛かった奴らは、ゴウに触れる前に全員謎の人体発火を起こしたし、
銃弾は父さんのベイが全部吹き飛ばして……あの時は道場が半壊状態になって、曽祖父の雷が落ちたんだったか。


…何にせよ、同い年にも関わらず、人一倍何かと障害も事件も多い彼は、
他人を巻き込ませまいとするあまり、放っておけば一人皆から離れていこうとする傾向もあって、
そんな彼を現状のままに放っておくのが何だか嫌で、まずは手始めに朝の登校から無理矢理歩きに切り替えさせたのだが…
彼にとって、この判断は正しかったのだろうか。
「…仕方ないか」
コールする事を諦めて、玄関の端に据えられている郵便棚の前に移動する。
今日配られたプリントは然程重要なものではなかったし、例え今日明日中にこの茶封筒にゴウが気付かなくても、そう問題は無い筈だ。
そう考えて、火渡家の郵便箱に茶封筒を押し込もうとして――――マコトはふと動きを止めた。
「そういや、リンに伝言頼まれてたっけ…でも、どうやって伝えようか……あ、そうだ!」
頭の中の閃きに応じて、マコトはその場で床にしゃがみ込むと、背中の鞄を床に下ろして、
連絡用のクリアホルダーの中にあった、要らないプリントを1枚抜き出した。
「『来週は学校に来いよな!』…っと。…こんなもんで良いかな?」
クリアホルダーを下敷きにして書いたものの、それでも字が酷く歪んでしまって読み難い伝言になってしまったが、
ゴウなら解読してくれるだろう。
「よし!これを封筒の中に入れて、と…」
封筒の口の紐をくるくると巻いて蓋をすると、今度こそマコトは茶封筒を郵便箱の中へと押し込み、曽祖父の待つ木ノ宮家へと走り出した。









午後19時30分。
今日ばかりはゴウの側に付いていてやりたかったが、社長という責任の重い立場と、突然の事でスケジュール調整が上手く行かなかった所為で、
結局カイは休みを取ることが出来なかった。
…せめて、午前中に家に戻ったレイが、再び病室に戻ってくるまでの間だけでもと、
何とか秘書に無理を言って、出勤時間を遅らせたものの、結局は重役出勤のような形で出勤する羽目になってしまった。
そして、午前中に溜まっていた仕事と昼からの仕事、そしてアヤへの連絡等、溜まっていた仕事は片付けられるだけ片付け、
追い縋る社員を泣かせながらも、再び病室に入ったのが午後18時20分。
まだ無理の出来ないゴウと少しだけ会話をして、19時に病院を後にしたカイは、レイと共にマンションの門をくぐった。
「明日も出勤しなきゃいけないのか?」
「あぁ。今日の午前中の分と、ゴウの入院関連の手続きが残ってる。…アイツを此方に戻す事は出来ないからな」
「でも、アヤには連絡入れたんだろ?」
「入れた。だが本人に直接話をする事は出来なかった。…アイツの方で時間が取れたら、俺の携帯に連絡が入ってくるだろう」
「アヤを日本に戻す事は出来ないのか?」
「現地点のスケジュールでは無理だな。今日、来週の俺のドイツ行きをキャンセルした分のフォローもアイツに回るだろう」
「カイが海外へ行っても、その代わりにアヤを日本に戻したら良いだろう?」
「馬鹿言うな。アイツと俺の仕事は似ているが違う。スケジュールだけ交換、なんて事は出来ないんだ」
「そんな事は判ってるよ。そうじゃなくて…」
「俺はまだ日本に留まっていられる方だが、アイツは常に世界中を飛び回ってる。
スケジュールは3ヶ月先までみっちり分刻みで入ってる筈だ。途中でイレギュラーは多々起きるが…今回は場所が悪い」
「場所?」
「今アイツが居るのは丁度日本の真裏だ。仮に今すぐ飛行機に飛び乗ったとしても、此方に帰ってくるのには半日以上掛かる。
そしてアイツのスケジュールに、半日も機内で閉じ篭もっていられるだけのスケジュールの空きは無い」
「…仕事入れ過ぎじゃないのか?」
「俺もそう思うが…あれがアイツの特徴だ。その辺はお前の方が良く判っているだろう?」
「…そうだな」
そんな他愛も無い話をしながら、カイは郵便箱のロックを開けて、中の郵便物を取り出した。
その中で、一際大きな茶封筒が2人の興味を引く。
「何だ?その大きな封筒」
「郵送…されてきた訳じゃなさそうだな」
「開けてみたら如何だ?」
レイに促され、カイは蓋の紐を解くと、中のプリントの束を引き出した。
「学校で配布されたプリントみたいだな」
「…ちょっと待て。何だこれは」
「えぇと、『来週は学校に来いよな! マコト』……なぁカイ、この“マコト”って誰だ?」
「木ノ宮だ」
「木ノ宮?…タカオの息子か?」
「そうだ。…お前、名前訊いてなかったのか?」
確か、マコトが生まれた時、その祝い品を中国にも送ったと、タカオは言っていたのだが――――届いていなかったのかとカイは考える。





「いや、多分見てあると思うんだが…あの頃はこっちも大騒ぎだった頃だからな」
苦笑気味に笑うレイの顔を見て、
「…そうだな」
カイは一瞬口元に自嘲の笑みを浮かべたが、それにレイが気付く事は無かった。




















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 <UP:05.3.18>