「併し…タカオまで付いて来る事は無かったんじゃないですか?」
15分間休憩し、何とか動けるくらいにまで漸く体力が戻った二人は、活気溢れる青領の街中を横切っていた。
「何言ってんだ!やっぱり新鮮な辛子蓮根と鮪納豆は自分で選びたいだろ〜」
「いつも自分で選んでないじゃないですか…」
そもそも青領まで来たのは、タカオの祖父から頼まれた物を探す為にキョウジュがお使いとしてやって来ただけで、
タカオが同行する必要は全く無い。
「それにさ、最近街まで来てないし…毎日毎日じっちゃんと剣の稽古ばっかりだったんだから、
休みの日くらいは満喫しなきゃな!!!」
首の後ろで手を組み、きょろきょろと周りの店を見回しては楽しそうなタカオの顔を見遣って、キョウジュは溜息を吐く。
「タカオ…残念ですが、今回は街で買い物はしないんです」
「へ?んじゃ何しに来たんだ?」
「赤領との領境の川原に、碁石に使える白い石が落ちてるんだそうです。それを拾ってきてくれと頼まれましてね」
「碁石?碁石なんて作らなくても、一定の数があるんじゃ…」
「先日大地が碁石入れを引っ繰り返して、白石が何個か無くなってしまったそうで…
私も邸中を探しましたが、見付かりませんでした…」
「じゃあキョウジュじゃなくて、大地に探させろよ〜」
「川の側なんですから、大地ではまだ危ないですよ」
「…そっか、そうだよな」
毎日喧嘩が絶えない兄弟だが、何だかんだ言って異母兄であるタカオは異母弟である大地が可愛いらしい。
あっさり納得した『兄』の顔を再び見遣って、キョウジュは苦笑した。
+*+
蒼茫輝石 ― 2 +*+
「な〜そう言えばさ、七年前にあの川原に行った時はホント大変だったよな〜」
街から外れ、領境にある森へと延びる一本道へと入った暫く後、ふとタカオが口を開く。
「余計な事思い出させないで下さい…あの時ばかりは本当に此方の寿命が縮みましたよ…」
キョウジュの声のトーンが語尾になるにつれて次第に落ちていく。
七年前、赤領との境目を流れる、黄山から流れ落ちる領境の川に過って転落したタカオは、
そのまま急流に巻き込まれて流され、2km下流の川原で気を失っていたところを、タカオを探していた邸の者に発見された。
「まぁ、確かにあの時は俺も流石に『死ぬかも〜…』って思ったよ」
話題を振った途端に顔色が悪くなったキョウジュを見遣って、タカオは苦笑する。
「でも、あれだけ無茶しても俺って死なないんだな〜って、意識が戻った後に思ったんだよな…あの時」
「タカオ…」
「生まれた時からさ、師匠にずっと、『お前は特別な御子だ』って言われ続けて…
…確かに、青龍はずっと俺の側に居るのが判ったけど、まだ『本体』は師匠の方に居ただろ?
青龍の他に黄龍が俺の身体に居るんだって言われても、あの頃は今みたいに黄龍を召喚する事も出来なかったし、
それどころかどんなに頑張っても姿すら見えなかったし…俺ってホントに師匠の言うような『特別な御子』なのかな?って、自分で自分の事疑ってたんだ。
…疑っちゃいけない運命なのにな」
“御子”は半神。『人間』であって、『人間』ではない。
怪我をしてもすぐ治ってしまうし、例え誰かに襲われても、その身に宿した聖獣が護ってくれるから早々の事で死んだりはしない。
先代の御子から聖獣を受け継ぐ『継承の儀』――――即ち、御子の『代替わり』が来るまでは死ぬ事の赦されない、
ある意味『不老不死』とも言える特別な存在。それが、“御子”と呼ばれる者達の持つ過酷な運命。
「あの時川に落ちて…ホントに死ぬと思ったんだ。…でも、死ななかった。
俺ってやっぱり御子なんだな〜って、あの時本当に実感したんだ…まぁ、あの後師匠に絞め殺されかけたけどな」
相変わらず苦笑しながら話すタカオは、そう言って青領の空を見上げる。
「タカオ、それは―――…」
「なぁキョウジュ、御子って何年ぐらい生きるものなんだ?」
「え?……そうですね…御子の代替わりの期間に因りますが…短い人は数十年で役目が終わってしまうみたいですし、
長い人になると何百年も代替わりしない事があるそうです。
――――…そう、確か隣の赤領がそのタイプですよ」
「何百年も変わらなかったって方?」
「そうです。赤領の先代の御子は約五百年もの間、赤領―――ひいては南領域の『世界の柱』を支え続けていたそうですよ。
…最も、今から八年ほど前に、五百年ぶりに現れた新しい御子に代替わりしたそうなので、
今はもう生きていらっしゃらないかも知れませんが…」
「そっか…五百年かぁ………永かっただろうなぁ」
「そうですね…」
自分を除いた親族が、周りの者が次々に亡くなっていっても、『人間』としての寿命をとうに過ぎようとも、
何十年、何百年と時間が過ぎて時代が変わっても、次の御子に聖獣を継承させるまでは死ぬ事は出来ない。
永い時間の中に独り取り残されるという事が、どれほど辛いものか――――…
「赤領、か……そう言えばさ、俺…川に落ちたあの時に変な奴に会ってさ」
「変な奴、ですか?」
「そうそう!確かに川に落ちて流されたんだけど、流されながらも何とか岸まで泳いでさ、岸の上に上がったんだよ、俺」
「そこで力尽きて倒れてたんですか?」
「違うって!ま、確かに服は水吸って重いし、流されてる間に身体中打ったし、剣と刀の鞘の中にも水入っただろうから、
身体から外したんだよ…んでもって、側にあった大きい木の下に寝転んだんだ。そしたら…」
「そしたら?」
「木の上から人が飛び降りて来てさ…然もご丁寧に剣先を下に向けてな」
「タッタカオ?!その話は初耳ですよ!?聞いた事ありません!!!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「言ってません!!誰ですか、それは!!!」
「誰だか判ったら俺も苦労しねぇって。そうだな…年は俺達より数歳上かな?
何か無愛想で目付きが悪くて、銀髪で…頬に青い三角形のペイントをしていて、あと…肩に鷹くらい大きな鴉乗せてたかな?
兎に角変な奴でさ〜…ま、慌てて跳ね起きたから怪我はしなかったんだけどな、
ソイツときたら『此処は赤領だ。他領の御子が足を踏み入れて良い土地じゃない』とか何とか言ってさ〜
また攻撃してくるん…」
「タカオ!!」
「っわ!?いきなり大声出して何だよキョウジュ!」
「今、何と言いました?!」
「え?だから、いきなり大声出して何だよって…」
「違います!!その前!その人が言った科白です!!」
「え、えっと…『此処は赤領だ。他領の御子が足を踏み入れて良い土地じゃない』だったかな?」
「何故ですか…」
「は?何が?」
「何故タカオが“御子”だって、その人には判ったんですか?!」
「えぇ?!そ、そう言えばそうだけど…でも、んな事言われても、俺あの時“印”も瞳も隠してたぞ?」
「薬の効力切れ…は時間的に有り得ませんよね。では何故……まさか!」
「?何だよキョウジュ?」
「これは私の推測ですが…その人が、若しかしたら先程話した赤領の“御子”かも知れません」
「…はは、まさか」
「タカオはその人に対して何も感じなかったんですか?」
「?何を?」
「私は御子ではありませんから良く判りませんが…御子の持つ独特の雰囲気とか、
『眼』とか聖獣とか…何か感じませんでしたか?」
「う〜ん……そーだな〜…敢えて言うなら、アイツから感じる圧迫感が凄かったかな?」
「圧迫感?」
「何て言うか…黄龍と似たような、強大な気配を感じた。それに、すっげぇ剣も強かったしな!
アイツが持ってたのは大剣だったけど、重さなんて微塵も感じさせずに使いこなしてた。」
「そんなに強かったんですか?」
「強かった。師匠と仁兄ちゃん以外に剣で負けた事なんてなかったのにさ、
俺、アイツの剣受けただけで川向こうの岸まで吹っ飛ばされたんだぜ?
頭と背中しこたま打って、気失って…あ〜ぁ、思い出すだけで格好悪いよな…」
情けなさそうな顔をするタカオの横で、キョウジュが暫し考え込む。
「あの時タカオが見付かった川原は青領の領地側でしたから…
少々やり方は乱暴ですけど、その赤領の御子は、上がる岸の方向を間違えたタカオを青領に戻してくれたんですよ。
向こうはタカオの事を“御子”だと判っていたようですし、少々の事で死にはしない御子だとは言っても
また川に突き落とす訳にもいかないでしょう?」
「突き落とされて堪るかよ!!…確かに間違えて赤領に入ったのは俺も悪かったよ。
でも、態々剣を向けなくったって良いだろ?!口で言えば良いじゃねぇか!!好きで入った訳じゃないんだし!」
「無愛想だったって先刻言ってませんでしたか、タカオ?」
「う゛っ…」
「何にしても、今回も川に落ちるのは勘弁して下さいね!
タカオは部屋で眠っていましたから知らないかも知れませんが…タカオが川に落ちたあの後、
東領域は七日七晩大嵐に見舞われたんですよ!!
何故あんな天変地異が突然起きたのかと思っていましたが…知らなかったとは云え、
領域を犯したタカオの所為だったんですからね!」
「う゛〜…あぁもう!!川には落ちるしアイツには剣で負けるし、もう碌でもねぇ!!」
「でも、良かったじゃないですか」
「何処が!!」
「“御子”は自分の護るべき領域から出られません。ですから、必然的に“御子”と“御子”が出会う確率なんて殆どありません。
その低い確率の中で、タカオは他領の御子と会えたんですよ」
「そっか…アイツと何時でも会える訳じゃないんだよな…でも、もしもう一度会う事があるなら、今度は絶対勝ってやる!!」
「まぁ会えないと思いますが…叶えば良いですよね」
そう言って、横で張り切るタカオを見て苦笑したキョウジュは、“あの日”と同じく良く晴れた青領の蒼い空を見上げた。
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