黄山・南領域『赤領』。
自身の持つ『眼』の影響で意識を失ってしまった隣国の“姫君”は、数日を経て漸く意識を取り戻した。
此処には絶対に居ない筈の彼女が何故居るのか――――依然として、最大の疑問を背負ったままには変わりなかったが。
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青月長石 ― 1 +*+
「起き上がれるか?」
「…何とか」
精神だけでなく、身体にまで影響が出てしまったレイの顔色はまだ悪い。
まだ邸の外に出れるほど回復しているとはとても思えない顔色だったが、
それでも昨日位から部屋の中で少し歩きまわるくらいなら身動きが取れるようになった。
窓を隠していた帳を引き開けてやると、窓から零れた日の光に、
彼女が白領の“御子”である証拠―――金瞳―――を眩しそうに細める様子が窓硝子に映った。
「…なぁ、俺まだこの部屋から出れないのか?」
此方を窺うような声。
「出してやれなくは無いが…少し待て」
「?何でだ?」
「この城は至る所に罠がある。引っ掛かられては困るからな」
「俺そこまでドジじゃないぞ!」
「今の自分の身体の状態を判っていて、そんな偉そうな口を叩けるのかお前は」
「う゛…」
寝台から起き上がるのも億劫なんだろうと言外に指摘された気がして、カイから顔を背ける。
顔を下に向けて唇を噛むレイの姿を見て、思わずカイは溜息を吐いた。
「少し待っていろ」
「何処に行くんだ?」
「何処に行こうと関係無い。直ぐに戻るからこの部屋から絶対に出るなよ」
「…判った」
扉の閉まる音を聞いて、レイは再び寝台に寝転がる。
…確かに、『火焔』の言う通り、自分の身体は白領に居た時よりも遥かに弱っている。
況してや此処は赤領――――火剋金という属性を持ち、尚且つ西領域や北領域のように『陰』属性の土地ではなく、
『陽』属性であるこの土地柄では、二重の属性違いに苦しめられている所為か、白領よりも回復が遅い。
併し、こうも毎日寝台の上に寝転がってばかりでは、逆に身体が気だるくなってくるのも事実で。
そう長い間立って歩き回る事も出来ないし、かといってこの部屋の中に一日中閉じ込められるのも、
閉鎖空間に閉じ込められたかのような、軽く息苦しい錯覚を覚える。
別に偵察に来た訳でも何でもないのだから、城内位は自由に動きたいと思うのは、
自ら進んでこの地にやって来た訳では無いとは言え、矢張り我侭だろうか?
…意識が戻って数日経つが、未だに『火焔』の無表情な顔しか見た事が無い。
同じ運命を持つ者同士、もう少し打ち解けてくれても良いんじゃないかとも思うが、そんな気は更々無さそうだ。
「はぁ…」
思わず溜息を吐き、目を伏せて手を動かした先で、何か細い糸の様なさらさらした感触を感じる。
目を開ければ、先程までは居なかった己の聖獣―――白虎―――が寝台に腰掛けて、此方を静かに見つめていた。
「逢えただけでも、凄い偶然なのになぁ……」
再度寝台の上へ身体を起こし、白銀の髪を持った少年の姿を取り、レイは何も言わずに只座っているだけの
白虎をゆっくりと抱き寄せてポツリと呟いた。
『火焔』―――カイの無愛想振りが、彼の表面的な性格だと言う事にレイが気付くのは、もう少し先の話である。
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<UP:04.3.22>