第一印象は……お世辞にも、余り「良い」とは言えなくて。
それでも。
1年2年と、自分に刻まれる年輪を感じるよりも確実に、司る「信頼」に恥じないだけの関係を築いているのだと、
互いが、何も言わぬままに感じ取っていて。
何時しか……
「阿吽の呼吸」は如何なる場面でも乱れを知らず、他の契約式神とは比較できないくらいの「間合い」を肌で感じ取っては、
言葉に出すまでもなく、背を預け合うまでに至っていた。
「それにしても……」
目に入れても痛くないと豪語できる愛息……ヤクモが。
目の前で揺れるアカツキの尻尾に興味を示し、必至になって小さな手を伸ばそうとしている様を、ひどく穏やかな微笑で眺めていたモンジュは、
ふと、逡巡を巡らす意味で視線を泳がせてから。
ぽかぽかと心地よい陽気に照らされている縁側で、霊体の気安さからヤクモの相手を買って出た「相棒」に、ポツリ……と、無自覚極まりない「爆弾」を投下した。
「初めて逢った時より、美人になってないか?アカツキ」
次の瞬間。
モンジュの隣に置かれた揺りかごを覗き込む形でしゃがみ込み、先日「ヤクモをあやすのに丁度良いから」という理由で、
かなり強引に付けられた鈴が音を立てる尻尾を揺らせていたアカツキが…………綺麗にこけていた。
ガラン……
心情を表す変わりか。
何処と無く「呆れ」の吐息にも似た響きを鈴が示し、「どうした?大丈夫か?」などと、自分が原因だとは露ほども思っていない己の闘神士が首を傾げる気配を、
乾いた笑いを垂れ流す事でやり過ごして。
最早「諦め」に程近くなってきた嘆息を重々しく吐き出しつつ、ゆっくりとした動きで、気分的に力が入りきらない体を起こす。
動く度に音を出す「鈴」に反応して、未だ1歳にも満たない嬰児が楽しげな声を上げるのだが……
今のアカツキにとっては、幼すぎて場の雰囲気など読めないにしても、余りに邪気の無さすぎるヤクモの笑い声は、
いっそう、彼の気持ちを消沈させる要因にしかならなかった。
普段なら、モンジュほどではないにせよ。
頬を緩めて、「仕方ねぇなぁ」などと満更ではない貌を覗かせつつ、嬉々として相手を買って出るというのに。
「式神に、美人って…………」
何年経っても。
いや、いっそ年を重ねる事に「ひどく」なってる気がしないでもない己の闘神士の「天然っぷり」に、終ぞ零れるのは、嘆きにも近い吐息混じりの声で。
せめて、雌型の式神に言ってやった方が喜ぶだろうに……と。
愚痴とも言える言葉を語尾に漂わせながら、一気に疲れ切った様子で、不思議そうに小首を傾げながら自分を見つめているモンジュを睨め付けた。
俺は雄型だし、うれしくない……と、更に付け足しながら。
「……そうか?」
……しかし。
人格すら満足に形成されていない幼子に負けず劣らず、至って「無邪気」に小首を傾げて尋ね返されても。
呆れ、
嘆き、
逃避しかけて……
それでも結局出来なくて、やはり内心でこれ以上ないくらい嘆きの息を吐き出して、いっそ呪いたいぐらいの勢いすら感じながら、アカツキは言葉を返した。
「式神の姿は、闘神士から与えられる『気』によって、ほんの少しずつだが変化していくからな。
………それだけ、お前が腕を上げたって事だろ」
本来なら、喜ぶべき事なのだろうが……
そんな言い方をされたのでは、喜ぶべき事すら嘆きたくなって仕方ないではないか!……と、恨み言めいた言葉まで吐き出そうとする。
……だが、
安穏とした微笑を絶やさないモンジュの様子に、結局はいつもの如く「飲み込む」事しかできなくて。
成長するのはうれしいが、「天然っぷり」まで成長させないでくれ……
……と。
既に、祈りや願いに限りなく近い言葉を。
「多分」どころか、「間違いなく」無理だろうと分かっていながら、平素の覇気など微塵も感じさせない様子で、
さめざめと、最近ではほぼ「毎日」のペースで零しているかもしれない言葉を、飽きもせず紡いでいた。
「そうなのか。
……でも、そうだとしたら、それは間違いなくお前のお陰だな。アカツキ」
ありがとう。
……と。
臆面もてらいもなく、ただ穏やかに告げられて。
「あぁ!この天然闘神士はぁっっ!!!」
そう憤るよりも先に。
向けられる余りに真っ直ぐな思いに、気恥ずかしさを覚える方が早くて。
「めいっぱい感謝しろよ!この天然闘神士!!」
びしり……と。
鋭い爪が印象的な指を突き付け、真っ赤に茹だった貌を隠しきれなかったらしいアカツキは、吐き捨てるようにしてそれだけ言い切り、
さっさと闘神機の中へ戻ってしまった。
其処で、ようやくアカツキが疲れ切っていた理由をほんの少しだけ気付いたモンジュが、申し訳なさそうな苦笑を零したのを見る間もなく。
いきなり掻き消えてしまったアカツキに、不満げな声を上げるヤクモの声を耳に入れる余裕すら持てず。
「………悪いこと、したかなぁ…………」
褒められると、何故かすごく照れてしまって。
戦闘以外の場合、さっさと闘神機に舞い戻ってしまうアカツキに、「困ったモンだ」と、自分のことを奇麗さっぱり棚に上げて言い切ってから。
遊び相手を求め、虚空を彷徨っている小さな手を。
緩みきった笑顔を顔中に貼り付けたまま、そっと……優しく。ひどく愛おしそうに握りしめた。
途端。
ほころぶ笑顔を返してくれるヤクモに、更なる微笑を浮かべながら。
「でも、本当のことだもんな〜。お前もそう思うだろ?ヤクモ」
懲りない闘神士様は、平然と。
そんな事をさらりと言ってのけるのであった。
そして、その数年後。
「なぁ、コゲンタ。
お前さぁ…………初めて逢った時より、何か毛並み、良くなってないか?」
……と。
父親貌負けの「天然っぷり」をしっかり受け継いでいたらしいヤクモの一言に、アカツキ改めコゲンタは、言いようのない脱力感を覚えたらしい。