「いや、だから…………
ヨウメイの気持ちというか、配慮というか、ぶっちゃけ協会の体裁を思えば必要だってのも嫌ってぐらい分かったんだけどな。
…………俺、1回父さんの闘神機壊してるんだけど」
控え目にしては、大いに「問題」とも取れる発言をポロリと落とした「生きる伝説」こと吉川ヤクモは、
見る者の背筋を凍らせる「笑顔」でにこやかに「脅迫」してくるヨウメイに怯えながら。
無駄だ……と、もはや「本能」じみた部分で強く感じ取りながら。
……それでも。
ねっとりとした冷や汗を、空調の効いた部屋で苦すぎる引きつった笑顔と共に浮かべて見せながら、恐る恐る吐き出してみるのだが。
「……ん?何か言ったか?ヤクモ」
地流による天流総本社襲撃から逃れるため、「現代」に “ 渡って ” から数年あまりとは言え。伊達に「天流宗家」を襲名し、
千年もの時を経て激減した「天流の闘神士」を幼い身でありながらも立派に束ね。
今では「闘神士協会」の幹部が1人として、日々、忙しく立ち回って居るのではない……と。
言葉少ないながら。
だからこその「恐ろしさ」を十二分に発揮して止まない笑顔を、更なる迫力でもって輝かせつつ、敢えて言葉を荒げることなく静かに問い返してみれば。
きゃくん……と。
力無く項垂れたヤクモが上げるのは、もはや「白旗」ぐらいしか許されて居らず。
「分かった。一応、闘神機でもコゲンタと契約しておく。
…………けど、父さんの闘神機みたいに壊れても、俺は責任も何も持てないからな」
最後の抵抗とばかりに、無駄だと思っていても尚刺さずにいられなかった「釘」を、年齢不相応な重さに彩られた溜め息を吐き出してから。
ヤクモは、協会の地下に設けられている「修練場」に呼び出されるなら渡された、懐かしい球形の「闘神機」と称される「神具」の感触を確かめるように左手で握り直し、右手に持っていた深紅の「零神操機」の突起した部分とを……まるで、名落宮にコゲンタを「迎え」に行った時の様に、そっと向かい合わせるのだった。
「振り向く絶対零度」
事の発端は…………
多分。「赤銅のイツム」と契約している「地流宗家」にして、「闘神士協会」の幹部の1人。
そして、闘神士や闘神巫女の育成機関たる「裏」の目的も兼ねて創立された、「ミカヅチ学園」の理事長でもあるミカヅチさんなのだろう。
とかく「肩書き」の多い分だけ「多忙」極まれりな毎日を送っている彼だが、一代にしてミカヅチグループを上場企業に育て上げるだけの「手腕」は伊達ではないらしく、
「宗家」としてなら十二分すぎる才覚を見せるヨウメイや、「神流宗家」ではなかなかに気付けない点を補うべく。
こうして色々と……其れまで「暗黙の了解」として触れずにいた事にまで、体裁を整えるだの、イメージのクリーンアップだのの目的も兼ねて、
協会としてそれなりに「保証」だの「保険」だのの措置を取る必要がある……なんて言い出したのだろう。
………いや。別に、それに問題はないと思うし。
それどころか、「神操機」で契約した式神が倒された場合、契約を交わした瞬間からの記憶を丸ごと「失う」……と、
今し方ヨウメイ直々に教えられた身としては、非常に「有り難い」と素直に思える「保険」だとは思う。
出来て間もない協会の建物で、闘神士や符術士が「修行」が出来るようにと設けられた「其処」へ、理由も満足に告げられないまま集められた中で、
「その事」を知らなかったのが「俺だけ」というのは………
特筆するまでもなく。
非っ常に、恥ずかしい情況だったけれども。
「神操機での契約の場合。先程述べたように、式神が倒されれば“契約中の記憶”は闘神士から奪われる。………だが、闘神機ならばその心配はない。
其処で。もし、このまま協会の闘神士として動くに辺り、使い慣れた神操機を変わらず使用したい……と言うのであれば、
もしもの時の“保険”代わりに、闘神機でも式神と契約しておいて欲しい」
そう言われて。
集められた俺や神流の五人と、鉄腕アルバイターとの噂が絶えない赤貧のテルと、スキップでミカヅチ学園の大学部に転入しているソーマと、
そのお兄ちゃんであるユーマは、部屋に入るなり協会職員に手渡された闘神機と、ヨウメイの貌。
そして、霊体の状態か。或いは俺やタイザンのように降神させたままにしている式神へと、様々な思いを含めた「視線」を巡らせた。
「それは、強制なのか?」
唯一、霊体でも貌を見せていないランゲツ。
寡黙な性格の所為か、はたまた「最強」と謳われるだけの実力を備えてる彼のこと。そんな「保険」など不要とばかりに鼻で嘲笑ってのことか。
「正気」な彼と対峙したことがない俺には、ある意味「分かり易い」他の面々と違って、容易に推し量る術もなかったけれど。
「契約者」たるユーマがおもむろに問い掛けた内容で、少なくともランゲツ自身は「保険」に賛成しているのだろうとだけ、勝手な想像を膨らませた。
…………何を隠そう。
ソーマが呆れた視線を向けるユーマは、自他共に認めるプライドの高さが招いた「暴走」のあまり。
マホロバを封印した「生きる伝説」だなんて言われてるらしい俺に、「己の力を試す為」……と、意味のない闘神戦を持ち掛けてくるような一面もある…………
良く言って「向上心の高い」。
悪く言えば「無鉄砲」で「向こう見ず」な性格の持ち主なのだ。
粗野に見える外見や性格とは裏腹に。実際はすっごく弟思いで「優しいお兄ちゃん」だと、その闘神戦の後で「嫌」ってぐらい思い知らされたけれど。
「強制ではないけど、誰にだって “ 万が一 ” という情況は訪れるかも知れないからね。
…………ただ。別に君や皆。そして、皆と契約している式神達の “ 実力 ” を疑っての行動ではないという事だけは、十分に理解して欲しい」
それに、「宗家」たる僕達もしている事だしね。
………と、良い加えてからようやっと微笑んで見せたヨウメイに、ユーマの喧嘩腰とも取れる険悪な視線が容赦なく向けられるも、
飄々とした雰囲気と、自分を侮っての発言ではないと悟ったのだろう。
心配そうに見上げてくるソーマの頭を、少し乱暴にぐしゃりと掻き回してから零した息は、「仕方ない」とでも言いたげな響きを帯びていて。
プライドが高いというのも大変だ……と。
何処か「他人事」のように、俺はそんな微笑ましい兄弟の遣り取りを遠巻きに。それとなく眺めながら思ってしまう。
コゲンタやマサオミ辺りに言わせると、俺の場合は「すっげぇ負けず嫌い」だから、ある意味ユーマと「良い勝負」らしいのだが………
自分の事となるとサッパリ分からないし、イマイチ実感も湧かない。
そんな事を考えて小さく首を傾げている間にも、ユーマだけではなく神流の5人……言っても、こういった場合に一番口を開くのは責任感の強いタイザンや、
面倒見の良いショウカクさんなのだが……もヨウメイ相手に幾つかの質問を落としていて。
意識を現実に戻せば、暇そうに尻尾を揺らせて鈴を響かせているコゲンタに窘める視線を向けられた。
曰く、自分の事でもあるんだからシッカリ聞いておけ……と言いたいらしい。
誰に似たのか。はたまた、天然な父さんのツッコミ役に立ち戻った所為か、最近とみに「ツッコミ」が激しくなりつつると同時に、
小言も増えてきたコゲンタに「分かってるよ」とだけ小さく返せば。
その背の向こう。
納得してしまえば行動が早いユーマらしく、早々に「二重契約」の手順をヨウメイに聞きながら成そうとしている姿が見えて。
…………と。
その様子を見て、俺はひとつの……ある意味、凄く重要かもしれない「事実」を不意に思い出し。
それまで静観を決め込んでいたにもかかわらず、いきなり手を打ってコゲンタに詰め寄ったりしている所為で、
すっかり周囲の視線が一同に向けられているのにも気付かないまま。
俺は、思い出してしまった「其れ」を……他でもないコゲンタ自身へと真っ直ぐに向けていた。
「二重契約」という方法は、正直「悪くない」と思うが…………
ラクサイ様曰く、闘神士としての力が「大きすぎた」所為で「父さんの闘神機」を壊してしまった俺が、再び闘神機で契約何かして大丈夫なのか……と。
「と、闘神機を…………壊した?」
「さっすがヤクモ。 “ 生きる非常識 ” の名前は伊達じゃないね」
「ソ、ソーマ殿。………それは流石に、言い過ぎではないでしょうか?」
「そうか、パゥワーが強すぎると壊れるのか…………」
「私は、君の発音に一番ツッコミを入れたいんだが………飛鳥ユーマ」
「気にするな、ショウカク。気にしたら負けだ」
「ゼンジョウの言うとおりだって。……な、なぁ!ガシン」
「あ、あぁ!ゼンジョウやタイシンの言う通りだぜ」
「Yes、of course!」
「…………其処まで必死にならなくても良いと思うぞ、お前達。しかも、わざわざキバチヨを降神させてまで言うか?ガシン」
「いやぁ、其れもまた微妙なツッコミですぜ。旦那」
オニシバのやんわりとしたツッコミがタイザンに入った辺りで、ようやっと、みんなの視線が自分に向けられていることに気付いて。
成り行きで………ざっと。
コゲンタとの契約を結んだ父さんの闘神機から、今使っている「零神操機」へ契約を引き継いだ時の話を端折りながらしてやれば、
向けられる視線の色は様々に変化してきて…………
最初はみんなと一緒にひたすら驚いて、呆れ返ったように嘆息を落としていたヨウメイではあったが、
結局は冒頭の遣り取りをかわすぐらいには「落ち着き」を取り戻したというか、更に動揺しすぎて目が回ってきていたというか、そんな状態に突入してしまって。
………結局。
命じられるままに、神操機と闘神機での「二重契約」を成すための「言葉」を紡ごうと、向けられる視線で散漫になりそうな意識を改めて集中し直したのだが。
程なくして聞こえたのは、ピシリ……という。何かに亀裂が走る、甲高い「悲鳴」じみた音で。
「我、闘神士吉川ヤクモと霊交(ちか)う白虎が1人、名をコゲンタ。今此処に、再びの手交(ちか)いを希(こいねが)わん」
言い終わる前に、ビシリと大きな亀裂が幾重にも走っていた闘神機は、案の定。
見事にバッキリと。何時ぞやの「父さんの闘神機」と大差ないほどに、俺の予想通り「大破」してしまって…………
「だから言っただろ?壊れるって……………って……ヨ、ヨウメイ?!」
益々持って「呆れ」きった視線を向けてくるソーマや、何故か変わらず憧憬の念を向けてくれるテルの視線は元より。
驚きのあまり、すっかり言葉を無くして瞠目した双眸を、神流の5人は仲良く。直ぐ近くでパクパクと酸欠の魚のようになっているユーマ共々、忙しなくまたたかせていた。
………しかし。
1人離れたところで俯き加減になっていたヨウメイは、くるりと踵を返したと思いきや、程なくして震え出した肩が示すとおりに「得も言われぬ不気味な笑い声」を静かに。
だからこそ、殊更に感じてしまう「恐怖」をいたずらに煽る形で垂れ流し始めて。
「ヨ、ヨウメイ……………?」
恐る恐る問い掛けてみた、恐らくその「恐すぎる笑い声」の「原因」だろう俺の声に反応してか。
ゆっくりと肩越しに振り返ったヨウメイの貌は、いっそ夢に出たら確実に「悪夢」だと断言できそうな迫力と怒気と殺気に満ち溢れた、文字通り「夜叉」めいた…………
…………いや。
この場合、「絶対零度」とも言えるかも知れない冷徹すぎる微笑に彩られていて。
「ご、ごめんなさいっっ!!!」
「問答無用!!……いてこましたれ!!ゲンタロウ!コタロウ!!」
咄嗟に上げた謝罪虚しく。
怒髪天を突くヨウメイの怒りは、既に闘神士としての「禁」を犯すだろう「式神による闘神士への攻撃」すら辞さない程で。
怒号と共に白虎のゲンタロウ……話によると、コゲンタの「兄貴分」的存在の人らしい……と青龍のコタロウ……
ヨウメイの式神という時点で、既に「苦労性」な印象が強い人……を自分の闘神機から降神させ、逃げまどう俺とコゲンタ目掛けて。
何処で覚えてきたのか分からない「河内のおじさん」だの「岸和田のおじさん」が使ってそうな、大凡「宗家」様が使うにしては「はしたない」だろう言葉を
ポンポンと吐き捨てるように叫んでは、すかさず印を切り、必死こいて逃げる俺達を嘲笑うように「必殺技」を容赦なく繰り出してくる始末で。
「どわぁぁぁぁっっっ!!ま、待て!ヨウメイ!!つーか、忠告したのにやれって言ったのお前だろぉがっっ!!!」
「……ってか、マジで俺は関係無ぇだろぉがっ!!」
「じゃかしいわっ!!式神と闘神士は一蓮托生が基本っ!…………故に、問答無用じゃあっ!!!」
「ひぃえぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
巻き込まれては「命が危ない」と、脱兎もビックリな勢いで退散していくソーマ達の向こうでは。
きっと、日頃の溜まりに溜った「ストレス」も相俟って………だろう。
すっかり昨今流行の「キレる子供」も真っ青な状態に突入しているヨウメイが、変わらぬ冷笑を湛えたまま壮絶な罵詈雑言を俺とコゲンタに吐き、
式神を一切の情けも容赦もないまま焚き付けてくる「鬼」が降誕していて。
ヨウメイの「怒り」と「ストレス」が、綺麗サッパリ「発散」出来るまでの1時間。
俺は「一蓮托生」を「死刑宣告」と同じ意味合いで言い渡されたコゲンタ共々。写真ですら見たことがないはずの「ひいお祖父ちゃん」が、
にこやかに手を振ってくれる綺麗な「お花畑」と「現実」とを、奇しくも「逝ったり来たり」……という。
非常に「貴重」且つ「二度としたくない」……と。
恥も外聞もかなぐり捨て、涙ながらに語ることすら臆したくなるような「体験」をする羽目になったのであった。
御題配布元: 『Title−−Melancholy rainy day』