「……と、いう訳で!
第2回、相棒を語れぇ!……再び司会の香美屋リュージだ!」
「アシスタントの麻生リナでぇ〜す!」
前触れもなく。
一週間ぶりに伏魔殿から帰ってきた「鉄砲玉」な息子共々。わざわざ「リク」の名を語ってまで、携帯で呼び出されたと思ったら………
やたらとハイテンションな香美屋くんと麻生さんが「しゃもじ」と「おたま」をマイク代わりに。
何処ぞのディスカウントストアで買ってきたらしい、お笑い芸人じみた「大きすぎる蝶ネクタイ」を首元に飾った状態で、
今にも「アメリカに行きたいかぁ〜!!」と言わんばかりの口調で盛り上がっていた。
………いや、最近の子供には分かりづらいネタかも知れないが。
それにしても。
嘗てはアカツキを始めとした式神と契約し、マホロバの師事の元。人間に仇成す数多の妖怪を調伏してきたとはいえ……
十数年前の百鬼夜行との戦いの折にアカツキを失ってからは、主に「符術士」として活動している自分まで此処にいて良いのか。
闘神士でもない彼等にしてみれば大した差ではないのだろうが、少しばかり気になってしまって。
隠れるように零した嘆息だったのだが………
さほど広くない居間の壁に凭れるように胡座をかく自分の隣でしきりに欠伸を噛み殺し、幾度も目を擦って眠気と格闘しているヤクモ……
伏魔殿から帰ったばかりで、間違いなく疲れているのだろう……には気付かれてしまったらしい。
何処で覚えてきたのか。
妙に大人びた表情で力なく微笑を見せ、小さく肩を竦められてしまった。
無論。
そんな遣り取りの間にも、二人の説明はサクサクと滞りなく進んでいき………
それとなく意識を其方に直した頃に、「第1問!」の声が上がっていた。
「……何時も、こんな調子か?ヤクモ」
「そうでもないけど………無駄に元気が有り余ってるのは、確かだね」
「少し、年寄り臭いぞ。17歳」
「そうでもないよ。……息子が久し振りに帰ってきて、自分の布団で気持ちよく惰眠を貪ろうかと思っていた矢先、
宗家の名前だけに反応して叩き起こした冷酷父さん」
「……………………悪かった」
「至急」と題名に掲げて、オアやら大仰な物言いで呼び付けられたモノの。
前もって「質問」とやらに答えていない……ヤクモは伏魔殿に入り浸っていたし、自分は契約していないから当然だが……のもあって、
ある意味「蚊帳の外」なのを良い事に。
ヤクモと二人でのんびりと「傍観」しながら、小声で言葉を返すのだが………
噛み殺しきれなくなってきた欠伸が、眠たげな琥珀の双眸から鋭さを徐々に奪っていくのが目に見えて分かったので。
溜め息を、改めて一つ。
仕方ないなぁ……と、何時しか息子の「口癖」になりつつある台詞を口の中で響かせてから、目元を擦ろうと持ち上げられた左手を捕まえた。
「…………とぉさん……?」
眠くなると舌っ足らずになるのは、相変わらずの様で。
5体もの式神と契約する……なんて「荒技」を難無くこなしては、「生きる伝説」だの「最強の闘神士」だのと口々に褒め讃えられても、
決して天狗にはならないまま、黙々と鍛錬を怠らず。
一人の、天流に属する闘神士として。
嘗ての自分とは、また違った方法ながら。同じ道を邁進していく息子は、確かに頼もしく……逞しくもなったが。
……それでも。
不思議そうに見つめてくる、このあどけない仕草は………アカツキの尻尾に無理矢理付けた鈴を追い掛け、
何も知らないまま、それでも天使の笑みを浮かべていた幼い頃と、まったく変わっていなくて。
ふわりと微笑んだモンジュに、怪訝そうに首を傾げては見るものの、つられる様にして微笑み返してくる柔らかさは。
やはり……
どれだけの歳月を重ねても、「本質」として、容易く色を変える様なものではないらしい。
……とは言え。
無言のまま笑みを絶やさず。静かに背を押し続けてくれた、今は亡き愛妻と変わらない眼差しに。
図らずも度重なってしまった「喪失」により、隠しきれない「虚無」を、絶えず血を流し続ける「疵」と共に知ってしまったが故に抱えてしまった、
あまりに貪欲すぎる「餓え(かつえ)」に。
それを埋めて。
慰めて。
心からの安寧と安堵を与えてくれる「癒し」を、知らず求め、欲している情けない「父」の「声」を。
生まれつき鋭かった勘の良さで敏感に感じ取って、本人すら自覚しないまま、たったひとりの肉親が一番「安心する表情」を
自然と浮かべる様になっただけかもしれないと。
そんな危惧を、終ぞ抱いて仕方ない。
下らない杞憂に過ぎないと。
事も無げに向けられる無垢な微笑みを見つめ返す度、まざまざと痛感させられているにも関わらず。
言えない心配の種は、言えないからこその「重み」と「数」を常に湛えている。
「眠いなら、寝てしまいなさい。
………家に帰る前に、きちんと起こしてあげるから」
しかし、今日も口に出す事は出来ず仕舞いらしく…………
誤魔化す様に。
自分と肩を並べるくらいに背を伸ばすまでは、見た目を裏切る柔らかい髪の感触が心地よくて、
事ある毎に撫で付けていた頭を、その頃と変わらぬ仕草で優しく撫でてやれば。
一瞬だけ。
ひどく驚いた風に瞠目し、パチパチと瞬きを繰り返してから。
ゆるゆると細められた瞳が緩やかな弧を描いて微笑と成し、小さく頷いたと思ったら。
ぽすん……と。
甘える様に肩口へと頭を凭れさせ、程なくして耳元に聞こえてきたのは………規則正しく刻まれる、安心しきった健やかな寝息で。
余程、疲れていたのだなぁ……と、今更ながら思ってしまい。
やはり無理に叩き起こしたのは不味かったのだろうと、息子にしては珍しく皮肉混じりに返してきた言葉を振り返っては、小さく申し訳なさ気に微笑んでやった。
肩に預けられた柔らかい髪に、頬ずりする様に首をもたげさせながら。
「お疲れ様、ヤクモ…………」
少し離れたところに陣取っている自分達を振り返ることなく、楽しげにじゃれ合う子供達や式神達を視界の隅に留めたまま。
やおら向けた視線は、縁側の彼方。
紅の薄衣を纏いながら西の空へ舞い降りてゆくだろう軌跡を、ぼんやりと追い掛けていたつもりだったが………
子供達に混じったアカツキが、自分に向かって「仕方ないなぁ」とでも言いたげな、ヤクモとそっくりな仕草で溜め息を零したのを認めてから。
何故か、記憶がぷっつりと途切れていて。
気が付いた頃には………
「父さん。そろそろ帰らないと、イヅナさんの雷が落ちるよ」
一眠りしてスッキリしたのか。
生来の鋭さを取り戻した琥珀を柔らかく細め、自分を見下ろしてくるヤクモの横貌を、夕暮れの残照が紅く……黄昏の色に染め上げていた。