…きっと、千年前はもっともっと大きな社だったのだろうと思うけれど。
天流本社が崩壊したあの千年前の地流の奇襲と同時に封印されてしまった此処の鬼門は、
最早、望まずして無理矢理『天流宗家』を継いだ自分しか開く事も出来なくて。





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「宗家、宗家ーーーっ!」
先刻から、現代になって漸く再建された天流総本社―――最も、千年前の本社の規模には
到底追い付かないが―――の回廊を歩き回り、各部屋を回りつつもずっと声を張り上げ続けている所為か、
喉にピリピリと小さな痛みを覚え始めたのを、青い烏帽子と狩衣を着た『天流宗家』御付の天流闘神士2人は敏感に感じ取った。
そして、2人して徐に深い溜息を付く。
「はぁ…一体宗家は何処へ行かれたのだ?そんなに広い社でもあるまいし」
「全くだ…何時も何時も、我等に何も告げずに何処かヘ姿を隠されるのは、いい加減止めて戴きたい。
そも、明日は前宗家様の慰霊の祭事を執り行わねばならぬというのに…」
「それだけではないぞ。あの“悪霊”の封印の綻びを確認するのと、必要があれば“月の勾玉”で再封印して戴かねばならぬ」
「あぁ勿論だ。まだ狩衣の衣装合わせの予定も残っておるというのに…何処へ行かれたのだ宗家ー!!」


―――…空は、酷く曇っている。
闘神士達が立ち去った後、空はポツポツと雫を降らせ、静かに庭石を濡らし始めた。








「…なぁヤクモ。やっぱり誰にも何も言って来なかったのはマズかったんじゃないのか?」
「何も言わずに社を出て来るのは何時もの事だろ?コゲンタ」
つい一刻ほど前に、“月の勾玉”の正当なる継承者である『天流宗家』にしか開けない総本社の鬼門を開き、
伏魔殿の最深部への扉を開いたヤクモは、何処か鬱陶しそうに返事を返す。
「…別に、あの“役”から逃げたいから、此処に来ている訳じゃないよ。
彼等が望む“天流宗家”の名を継いだのは、“リクを殺した”という一生消えない俺の“罪の証”だからだ」
「ヤクモ!」
「何をムキになってるんだ?…事実だろ?」
顔色一つ変えず、更に伏魔殿の最深部を目指して歩む歩調も変えずに、ヤクモは淡々と言葉を綴る。
「…っ……でも、あれはお前が望んだ事じゃないだろ?!」
「俺が望んでいなくとも、リクがそう望んだから、…とでも?」
「そうだ」
「コゲンタは、リクがああなる事を心の底から望んでいたとでも思っているのか?」
「…まぁ、な。そうでなきゃ、俺との契約を無理矢理断ち切って、お前にあんな事を乞う訳がねぇ」
「…あれがリクの本心だったなら、俺もこんなに苦しまずに済むんだろうけどな…
……残念ながら、俺にはコゲンタの考えている風には思えない」
「なっ…!じゃあ、一体如何すれば良かったんだ?!お前とリクが入れ替わって居れば良かったとでもっ…!」
「そうだよ。…あの時は、それが一番ベストな選択だっただろう」
「っ、巫山戯んなよ!!」
遂に本気で怒り始めた白虎の式神の凄まじい剣幕をも、微風の如くさらりと交わし、
「巫山戯て言うには性質が悪過ぎる言葉だってのは重々承知してるよ。
…もし、リクと俺が入れ替わってたら、父さんにも、イヅナさんにも、凄く迷惑かけただろうから。
……でも、俺はどっちを選択しても“親不孝者”には変わらないんだ」
そう言って、腰の零神操機へと手を伸ばし、その紅色を瞳に映す。
「…どっちを選んでも不幸になるなら、“皆の幸せの為”に闘神士として最期まで闘ったリクの意思を少しでも汲んでやる事が、
少しでもマシだって…そう思ったんだ。
…そして、俺が望もうと望まずとも、結果的に俺がリクを殺した事には変わりは無い。
その“罪の重さ”を、俺が一生忘れる事の無いように。…俺が殺したリクの代わりを、少しでも埋める為に。
その為に、“天流宗家”の名を継いだんだ。
…これ以上、リクが守ろうとした天流に打撃を与える訳にはいかないからね」
「…ヤクモ」
「“罪滅ぼし”が出来るなんて思っちゃいない。
“刻渡りの鏡”で歴史を変えるのは簡単だ。…でも、それじゃ駄目なんだ。
あの日の歴史を変えてしまえば、俺は、あの日のリクの願いを叶えるどころか、“リクを殺した”という“罪の重責”から、只逃れる為だけに歴史を変えてるだけだ。
…リクを殺したあの事実は、“同列時刻に複数存在する世界”のどれかに必ず残る。……それじゃ、駄目なんだ」
そう言って歩みを止め、正面に立つ透明な水晶の柱に手を触れる。




「…そうだろ、リク?」
今にも泣きそうな――――それでも、何処か安心したような安堵の笑みを浮かべて――
――水晶の中で永遠に眠り続けるリクの亡骸を、ヤクモは見上げた。




and more...