稲光が空を走り、雷鳴が響き渡る中。
風雨が吹き荒ぶ嵐の中で、“最後の闘い”は始まった。
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天流本社が崩壊した、千年前の地流の奇襲。
それと同時に、本社の大鬼門は『天流宗家にしか開けない』ように、『月の勾玉』の力で以って厳重に封印されていた。
それは、“決して開いてはいけない鬼門”であり、その先には“決して現世に再び呼び出してはならぬ悪霊”が封じられていた。
―――…そして、今。
封印が破れ、永い眠りから覚めた“悪霊”は、再び現世へ現れんと―――最早流派に関係なく、
多くの闘神士達を葬り去りながら―――得体の知れない異形の姿を見せながら、伏魔殿の側から鬼門をこじ開け続けていた。
「ったく、キリがないぜっ!!」
突然、目の前の封じられた大鬼門を破壊する勢いで現れた“悪霊”と闘い始めてから、彼此数時間は経っていただろうか。
陰陽剣『西海道虎鉄』を手に、最早何体目なのかも判らなくなるほど数多くの妖怪を叩き斬ったコゲンタが、自棄を起こしたかのように叫んだ。
そうしている間にも、“悪霊”が出ようとしている大鬼門の隙間からは、数え切れない妖怪や魑魅魍魎が湧き水のように溢れ、這い出て、
手近な闘神士達に襲い掛かった。
その数の多さに、最早流派の違い――――お互いが敵同士だなどという事をかなぐり捨てた各流派の闘神士達が迎え撃ったが、
長時間多勢で押され続けては、とても闘神士達に勝ち目は無かった。
…妖怪に負けて式神を失い、闘神士としての記憶を失うだけならまだ良い。
併し、記憶を無くし、その場で呆然と戦意喪失した“元”闘神士達は、その大半が容赦無く妖怪や魑魅魍魎の“餌”と成り果てた。
外部に闘神士達の闘いを知られぬよう。“悪霊”と“妖怪”が人に触れぬよう。
一人の天流闘神士が命懸けで張り続ける結界内で、戦場となった本社跡は、次第に阿鼻叫喚と血と死体で赫く染まっていった。
「ヤクモさん。―――…お願いがあります」
全身に無数の小さな傷を負い、恐らく、体力的にはとうの昔に限界を超えているであろう身体で、それでも神操機を手放さないリクは、
自分の左前方で、五体もの式神を同時に操り、到底自分には真似出来ない速度で以って、印を切り続けるヤクモへと声を掛けた。
「―――話は聞こう。何だ?」
容赦なく襲い掛かってくる妖怪を突き殺す青龍と雷火に守られながら、只管休む事無く印を切り続ける青年からは即座に返事が返ってくる。
「無理を承知でお願いします。
…ヤクモさんに『月の勾玉』を、お渡しします。これであの“異形”を封印して下さい」
「リク!『月の勾玉』は天流宗家にしか扱えない神具だ。宗家以外の人間には使えないって事忘れたのか?!」
「コゲンタの言う通りだ。それは君しか使えない神具だ。俺には使えない」
「いいえ、ヤクモさんならきっと使えます。これを使って、僕ごとあの“異形”を――――ウツホを、封印して下さい」
印を切り続ける腕はそのままに、リクは真っ直ぐにヤクモに視線を向けて毅然と言い放った。
「何?!今何て言ったリク!!」
「…何を」
「…もう、他の皆も限界です。天流だろうと、地流だろうと、神流だろうと……もうこれ以上、犠牲者を出したくありません――――誰も死なせたくはありません!
でも、あの“異形”を封印しなければこの闘いは絶対に終わりません!!そして、終わらせる為にはこの『月の勾玉』が必要―――…」
「…だったら、尚更君が使うべきだ」
「使いましたよ。先刻から、何度も何度も!!…でも、僕では封じ切れない。…封じ切れなかった!」
“己の力が足りない”――――その悔しさを、惜しみなく吐き出しながらリクは叫ぶ。
「リク…」
「僕の力だけでは、封じる事は出来ない。
…なら、“天流宗家”として、僕が自ら足りない分を補います。―――もう…もう、僕の所為で大切な人達を失うのは嫌なんです!!!」
悲鳴のような叫びがリクの喉から溢れ出る。
自分が宗家であったが故に命を落とす事となり、千年も前に死んだ両親。
幼い自分に全てを託して死んでいった、沢山の闘神士達。
…皆、死んだのは自分の所為だ。自分が居たから、彼等は死ななければならなかった。
「…でも、『月の勾玉』を使うには、僕以外の人――――第二者の存在が必要です。
ヤクモさんになら任せられます。…だから、お願いです!」
そう言って、リクはヤクモに向かって『月の勾玉』を放り投げた。
「!馬鹿りク!!何やって…っ!」
リクの思い切った行動に目を見開いたヤクモが慌てて踵を返し、手を伸ばして『月の勾玉』を受け取るのと同時に、コゲンタはリクの側に駆け戻ったが、
「コゲンタ。…本当に、最期まで駄目な闘神士で、御免」
初めて降神した時のように、リクは微笑って神操機を振り――――コゲンタの身体に神操機を押し当てて、契約を強制的に“破棄”した。
「リク!待ておい…っ!リクーーーーーっ!!!!」
「御免…御免ねコゲンタ…」
必死の形相で此方に何かを訴えながらも、次第に姿も声も薄れていくコゲンタに、
今にも泣きそうな顔で――――それでも、最後まで涙を見せる事無く、微笑んで小さく手を振って。
そして、ヤクモへと叫ぶ。
「ヤクモさんお願いです!これ以上犠牲が増えないうちに!早く!!」
「―――…っ」
リクの叫びと同時に、ヤクモは手の中の『月の勾玉』の力を解放させ――――周囲は、何も見えなくなるくらいの眩い光に包まれた。
and more...