最初は、荒野のフィールド。
その次は、木々に囲まれた深い森、雪の吹き荒ぶ雪野。
その次は―――…
『ヤクモ殿!もう、今日は止めるでおじゃるよ!』
『榎殿の言う通りですぞヤクモ様!一昨日からずっと休憩もせず、伏魔殿に潜ったままではありませぬか!
今日はもう、現世へ還られた方が…』
「…いや、まだ大丈夫だ」
零神操機から入れ替わり立ち代わり現れる霊体の式神達の声を聞きつつも、
空も満足に見えないほど生い茂った深い森の中を歩き続ける彼等の現契約者―――ヤクモの歩みは一向に止まらない。
『!駄目だよ!そんなに無茶したら!』
ブリュネを押し避けるように現れたタンカムイの悲鳴じみた言葉も、幾分疲労で強張った微笑み一つでするりと交わし、只一心不乱に只管伏魔殿の奥を目指す。
『その言葉には騙されないでおじゃるよ!
この榎のサネマロ、そのような無茶をする戦術をお主に教えたつもりはないでおじゃる!』
ビシリと指を突き付けて諭しても、ヤクモは小さく苦笑するだけで、
「大丈夫。…大丈夫だよサネマロ。ブリュネも、タンカムイも、皆心配し過ぎだ。
それに…あまり残された時間は、無いんだ…」
一刻も早く、神流の企みを暴き、その上で『阻止』しなければ。
あの“悪霊”は、決して伏魔殿の外に出してはならないものだ。
――――早く、一刻も早く見つけ出さければ。
嘗て、数年前の自分が終結させた筈の陰陽大戦が、また再び始まってしまう――――…
…そう心の中で呟き、一度閉じた瞳を開いて、足を踏み出した途端。
「―――…っ」
突然目の前がぐにゃりと歪み――――右瞳の奥、頭を突き抜かれたような激しい頭痛と眩暈に、思わず額に右手を遣りつつヤクモはよろめいた。
『『『『『ヤクモ殿!!』』』』』
それと同時に、零神操機からは複数の悲鳴が上がる。
『ヤクモ殿、今日はもう還りましょう!』
『今日はもう、限界であります!』
『幾らお主が規格外の闘神士でも、その力を湛える器は“人”のモノ。
此処は伏魔殿…無茶をすれば、お主でも生きて還れないでおじゃる!』
『ヤクモ殿!また出直しましょう!』
『還ろうよ!』
闘神士と契約した式神の“運命”は、ある意味闘神士の其れと『一心同体』。
闘神士を守りきれなければ、式神は名落宮に堕ちるしかなく、かと言って式神が消されれば、闘神士は闘神士たる記憶を全て剥奪され、永遠に喪ってしまう。
闘神機ならば、その危険は回避出来るが…現契約者の“潜在能力”、そしてその“実力”は、力の解放を制限されている闘神機では、最早耐えられない。
それは、いつか“源流”を冠する零神操機ですら、壊してしまうのではないかと危惧出来るほどに。
何より――――嘗て契約していたという“信頼”の式神と、望まずして別離したヤクモの心情を―――本人は何も語ろうとしないが―――知っているが故に。
原因が何であれ、『式神との契約解除』を彼に突き付ける事は、彼等にとって『最大の禁忌』であった。
そして、彼の『心の傷』を知っていながら、かと言って何が出来る訳でもなく、
何もしてやれない自分達が――――何より、酷くもどかしくて。
「…判った、判ったから。…今日はもう還るよ」
暫く木の根元に座り込み、右手で右目を庇いながら歯を食い縛って痛みを耐えていたヤクモが、霊体の状態で零神操機から出てきた式神達に薄く微笑む。
微かに震える左手で、『扉』という文字が浮かび上がった闘神符を宙に翳し、『キ゜ン』という高い音と共に現れた『障子の向こう』へと、
ゆっくり立ち上がって歩みを進めた。
『障子の向こう』の現世は、半ば朽ち果てて、荒れ果てた“神域”だった。
「太白…神社…?」
…此処に来るつもりは無かったのだろう。
相変わらず右目を強く押さえたまま、青白い月の光に照らされて目の前に建つ、
荒れ果て、壊れ掛けた社の扉を呆然と見つめるヤクモの顔色は酷く悪くて。
「…如何、して……」
『『『『『ヤクモ殿っ!』』』』』
再度式神達の悲鳴が上がった時には、既にヤクモの意識は此処に無く。
…何処までも静かな夜の中、ドサリと倒れ込む音だけが、微かに境内に響いた。
and more...