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 「…大丈夫?ヤクモ」

霊体の状態で零神操機から姿を現したのは、声共に心配そうに此方を見つめるタンカムイの姿。

 「…一応、な…」

新太白神社の境内へ続く階段を上るヤクモの足取りはフラフラとしていてかなり覚束無い。
見ていて不安になったのはタンカムイだけではなく、他の5体の式神達も同様だったらしい。
固唾を飲んで此方の様子を見守っているらしい契約式神達の雰囲気を感じ取り、

 「…大丈夫。帰ったらちゃんと休むから」

疲れ過ぎて最早まともに笑えなくなってきているにもかかわらず、ヤクモはそうやんわり言って苦笑した。


 「お祓いはあちら、修行はこちら…って、ヤクモ様!?」

暁の時刻がそろそろ終わろうとする早朝にも拘らず、箒を片手に境内を掃いていたナズナは、約4日振りに帰宅したヤクモの姿を見るなり、
箒をその場に投げ捨てて駆け寄った。
素人目に見ても足元が覚束無いヤクモを見て、駆け寄りながら腰の神操機を手に取り、

 「式神降神!ホリン、イヅナ様かモンジュ様を大至急呼んで下さい」
 「判りましたわ」

降神してすぐさまに新太白神社へと踵を返すホリンを見送る事も無く、ナズナはそのままヤクモに駆け寄った。





 「…大丈夫ですか?ヤクモ様」
 「う~…一応」

身体の彼方此方に付いた掠り傷の治療をイヅナにしてもらい、

 『ったく、無茶し過ぎなんだよお前は』

零神操機から霊体の姿で現れ、呆れたように呟くコゲンタの姿を見て、

 「そんな事言ったって…妖怪があんなに溢れてくるだなんて思いもしなかったんだから仕方ないだろ?」

長椅子の上に横たわり、額の上に載せた濡れタオルの上に右腕を載せる。
4日前、この家を出て行った時は、こんなに帰りが遅くなるだなんて思っても居なかったし、こんなに梃子摺るとも思っていなかったし、何よりも、

 「…で、何日食事を摂られていないのですか?」
 「…………丸4日間…」

目の前のイヅナの笑顔が怖い。

 「…では、“胃に優しい夏バテ防止料理”でもこれから作りますから、少しの間お待ち下さいませ」
 「判った。…此処で待ってる」

有無を言わさぬ笑顔で『喰え』と、吉川家当主のモンジュ御付の闘神巫女であり、ある意味自分の“育て親”にもあたる彼女に脅されては、
さしもの天流最強闘神士とて文句は言えない。
…いや、言った日には命が無い。

 『…心配すんな。精々睡眠薬が混ぜられる程度で済むだろうよ』

同情を禁じえぬ神妙な顔で、さり気なくとんでもない事をヤクモに呟いた霊体のコゲンタは、次の瞬間、台所から飛来した『木』の闘神符によって、
ベシベシと容赦のない攻撃を受けた。





…数十分後。

 「ヤクモ様、朝食が出来上がりましたが………起き上がれますか?」

台所から声を掛けに部屋までやって来たイヅナに、

 「…頑張る…」
 「どうしても動けないようでしたら、此方までお運びしますが…」
 「…良い。これ以上迷惑掛けられないし」

長椅子の上に起き上がっただけで軽く眩暈を起こしたらしいヤクモは、右手で目元を押さえつつ、そろそろと歩み始めたが、
矢張りその足取りは普段の彼とあまりに違い過ぎて、如何にも不安を覚える。
イヅナが肩を貸しつつ、台所までやって来た2人が見たものは、

 「お、吉川!お邪魔してるぜ~」

満腹感も伴っているのか、至福の笑顔で……現在は幻の丼を求めて全国を西へ東へと奔走している丼マニア、神流闘神士・マサオミが、
食卓の上の朝食…とは名ばかりの『夏バテ防止メニュー』を食べ尽くしたその光景だった。

 「…………イヅナさん」
 「許可しますわ、ヤクモ様。
…ですが、“外”で…神社に被害が出ないようにして下さいませ」
 「判ってる。これ以上は絶対に許さん…」
 「え?2人共一体何の会話を………どぅわっ!」

懐に一瞬手を突っ込んだヤクモが目にも止まらぬ速さで放った1枚の闘神符は、マサオミの頬を掠めて空を切り、台所の壁に突き刺さる。

 「よ、吉川…?」
 「四の五の言わずにさっさと表へ出ろ。二度と神操機が持てないようにしてやる」

闘神巫女は笑顔こそ浮かべているが、その背後に立つオーラは明らかな『激怒』のオーラで、
その隣に立つヤクモに至っては、右手に4枚の闘神符を新たに構え、目を光らせてジリジリと迫るその只ならぬ様子に、流石のマサオミもヤバいと思ったらしい。

 「…さ、三十六計逃げるに如かずーーー!!!」
 『マサオミ君、それ食い逃げ…』

思わず神操機から顔を覗かせたキバチヨの呆れ声も取り残される勢いで、台所から玄関へと猛ダッシュするマサオミの後を、

 「絶対に逃がさん!!」
 「目を光らせて追ってくるな吉川ーー!!
でもって、闘神符で攻撃するなーーーっっ!!お前は闘神士の禁を破る気か?!」
 「式神は降神していないから禁は破っていない!」
 『確かに誰も降神してないね~』
 「呑気に様子見してるなよキバチヨ!」
 『だって、今追われてるのはマサオミ君の所為であって、ボクの所為じゃないし』
 「冷たっ!それで良いのか“人望”の式神!」
 『マサオミ君が“人望”を裏切ってるんじゃないか…然も度々』
 「最後の一言は余計だキバチヨ!!」
 「今度こそ沈め!!大神!」
 「ぎゃ~~~~ああああ!!!」

後ろから目を光らせて闘神符をお供に迫るヤクモに追われ、新太白神社の境内に風のように飛び込み、

 「何だ?!」
 「貴方は!…って、ヤクモ様?!」

再び境内の掃き掃除をしながら、新太白神社を訪れたソーマと何事か話していたナズナの前を、目にも止まらぬスピードで突っ切る18歳組。

 「お、お待ち下さいヤクモ様!まだ無茶をされては…!」

本日二度目の掃き掃除を再び放棄し、箒を投げ出して18歳達を止めるべく走り始めたナズナとソーマだったが、
そのままマサオミは階段を5段飛ばしで駆け下りるという人外な逃亡を図り、

 「ヤクモ様!!」

階段の手前で遂に力尽きたヤクモは、その場にばったり倒れ込んだ。












 <UP:05.8.12/Re-UP:06.2.21>