「あー美味しかった。ご馳走様でした」

きちんと手を合わせて丼に蓋をしたソーマの食べっぷりを呆気に取られて見ていたリクは、

 「そ、ソーマ君…昨日、晩御飯食べなかったの?」
 「一応は食べたんだけど…ミヅキさんの手料理だったから、そう量が食べれなくて…」

何事か思い出したのか、段々と暗い影を背負っていくソーマの姿に、見かねたのかフサノシンが神操機から顔を出し、

 『何て言うか…ほら、ちょっと他の人より不器用って言うか、料理下手と言うか…
元の材料とは比較にならないくらい肉厚に野菜の皮を剥いて、殆ど材料を無駄にしちゃったり、味付けが凄かったりで、量が食べれなかっただけだよな、ソーマ!』

本人は必死でフォローしているつもりなのだろうが、如何やら嫌な記憶をより鮮明に掘り起こすだけにしかならなかったらしく、
益々暗い影を背負っていくソーマに慌てるフサノシンの姿は、本人達には失礼かも知れないがかなり微笑ましい。
思わずクスリと笑いかけたリクの背後にある神社から青い光が溢れ出したのは、正にその時だった。

 「何…?」

ソーマを庇うように慌ててリクは立ち上がり、

 『この青い光は…』

極神操機から霊体で姿を現したバンナイは目を細める。

 「!」

やがて、本殿の方から白い人形がパタパタとはためきながら境内に居るリクの前に飛来し、

 『…矢張りリクか』
 「や、ヤクモさん?!」

闘神符『伝』が映し出したのは、少し安心したように微笑うヤクモの姿だった。




 『太白神社には、誰か“力”のある者が入ったら判るように、特殊な結界を施してあってね。誰が触れたのかと思ってたんだが…』
 「すっ、済みません!結界が張ってあるだなんて、僕知らなくて…!」
 「そ、そんなの張ってあったの?;」

わたわたと慌てふためくリクとソーマの姿に、

 『ったく、相変わらずだな、お前らは』
 「コゲンタ?!」

ヤクモの頭に圧し掛かる様に半透明の姿を見せたのは、半年前に『契約満了』を迎え、式神界へと還っていった“相棒”の姿。

 「な、何でコゲンタが…?」
 『オイオイ、俺様が居ちゃ悪いのかよ?』
 「いや、そうじゃなくて…式神界に還った筈じゃあ…」
 『ん?あぁ、あの後ヤクモが俺様をもう一度喚び出してな。今はまたこの馬鹿闘神士のお守りをやってんだよ』

ヤクモの頭の上で、心底楽しそうに尻尾を揺らめかせてクックッと笑うコゲンタの姿に、

 『誰が誰のお守りだって?…コゲンタ』
 『俺がお前のお守り役だっての。モンジュからお墨付き貰ってるからな、俺は』
 『そんなの何時貰ったんだよ!?』
 『お前は気を失ってたから知らないだけだ』

目の前で言い合いに発展しようとしている闘神士と式神の最強コンビを相手に、

 「あの〜…ところでヤクモさん。怪我したとかいう話をソーマ君から聞いたんですけど…大丈夫なんですか?」
 『あぁ、この頬の怪我だけだから大丈夫。
 それよりリク、お願いがあるんだけど…聞いてくれるかな?』
 「はい。僕に出来る事なら…!」
 『!…リク、貴方は…;』

“にっこりお兄さんスマイル”の、“憧れの闘神士”でもあるヤクモから直々に頼み事を任されたリクの瞳は、
感極まったのか、使命感をも伴って倍増しでキラキラと光り、何時ものリクと果てしなく様子が異なる事に、思わずバンナイの顔が引き攣る。

 『大丈夫だよバンナイさん。リクに無茶は頼まないから。
…リク、この紙を天神町の太刀花荘に送っておくから、それを大神に渡してくれないかな?
そして、この請求書に書かれた分のお金を、リクが大神から徴収して欲しい。
…俺が行くと、逃げられそうだからね』

ヤクモがペらりと開いて見せた請求書は、請求明細は読み取れなかったが、確かに『大神マサオミ』宛てになっている。

 「判りました。天神町に帰ったら、必ずマサオミさんに渡します!」

即行でヤクモの“お願い”を了承、受諾したリクに、

 「頼んだよ。…じゃ、2人とも何時でも良いからまた新太白神社においで。待ってるから」
 「「はい!」」

元気良く返事を返したお子様闘神士達にヤクモは微笑うと、闘神符『伝』は符力を失い、リク達の前には役目を終えた人形がひらりと舞い落ちた。






 「…アンタって詐欺師だったのね。本性と違い過ぎるわよ、“天流最強の闘神士”」

最後まで“にっこりお兄さんスマイル”を保ち続けたヤクモの様子に、部屋の隅から一連の様子を眺めていたナナは呆れ声を出した。

 「別にリクを騙してはいないぞ?それに、俺達が直接行くより確実にあの馬鹿からぶん取れる」
 「…ま、アンタがそこまで言い切るんだから、そういう奴なんだと思っておくけど…ヤクモ」

胸の前で組んでいた腕を解き、溜息を付きながら壁から背を離して、ヤクモの元にゆっくりと歩み出したナナの雰囲気が変わったことにヤクモは小首を傾げ、

 「さっさと寝・な・さ・い!」
 「痛っ!」

軽く指で額を弾かれ、思わず批難の目をナナに向けるが、そんな視線に動じるような彼女ではない。

 「アンタね、4日間も食事を摂らず、おまけに休憩なしで闘神戦やって、帰って来てからもひと暴れやって…昨日まで熱出てたんだからねっ!!
丸一晩一睡もせずに闘神符作ってる場合じゃないでしょ!!」
 「いや、それは北条も同じ……………大人しく寝ます」

口答えを試みた途端、鋭い一睨みをくれた彼女に勝つ事は出来ず、ヤクモはすごすごと部屋を後にする。

 「全くもう…」

廊下に出て、腰に手を当ててヤクモを見送るナナの視線の先では、ヤクモが部屋から出て来た事に気付いたらしい、幼い闘神巫女が別室から襖を開けて駆け寄り、

 「ヤクモ様!熱は…」
 「ナズナ?…大丈夫、熱は出てないから」
 「…あれじゃ、しっかり者の妹に心配される頼りない兄みたいだわ」
 「えぇ、私もそう思います」

ナナの背後、廊下の向こうから静かに歩み寄ってきた闘神巫女イヅナは、苦笑しながらナナの言葉に返事を返した。












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