京都合宿2日目。
暁の時刻が過ぎた早朝、何時もの定時に起床したリクは、簡単な置手紙を部屋に残すと、極神操機を手に旅館から外出した。
昨日、昼間の鴨川の河川敷で『地獄の特訓』を行ったボート部の面々は、一人張り切っていたリュージですら疲れ切ってしまったのか、
小声で呼び掛けた程度で起きる事はなく、闘神士としての基礎体力を持つリクだけが、多少筋肉痛は残るものの、定時に起きる事が出来たらしい。

 『彼らを放っておいても良いのですか?』
 「うん。…多分、大丈夫だと思う」
 『襖を蹴破られても?』
 「それは困るけど…日中じゃ、自由に動けないからね」

霊体のバンナイに苦笑しながら答えるリクが向かった先は、朽ち果てた太白神社だった。






太白神社の境内へと続く階段にリクが足を掛けた途端、

 「リクーっ!」
 「マサオミさん?」

振り返った道の向こうから、片手に袋を持ったままバイクに乗ってやって来るのはマサオミ。

 「お早う御座います。マサオミさん」
 「お早う。リクはもう朝ご飯食べたのか?」
 「いえ、散歩しようと思って外に出てきただけですから」
 「そうか。京都限定ソースカツ丼弁当を買って来たんだが、食べるか?」
 「いや、帰ったら朝食ありますから…」
 「いや〜昨日リクには悪い事したしな。お詫びだと思って」

そう言って無理矢理袋を握らせるマサオミに、

 「人の話聞いてますか、マサオミさん…」
 「ん?何か言ったか?」
 「もう良いです…」

最早何を言っても受け取るしかないのだろうという事を早々に悟ったリクは、マサオミから袋を受け取り、

 「リクーっ!!」
 「あれは…ソーマ君?」

上空から段々此方に近付いてくる、自分を呼ぶ声にリクが顔を上げた先には、雷火のフサノシンの足に掴まって空を飛んでくるソーマの姿。

 「お早う。ソーマ君。ソーマ君も京都に来てたんだ?」
 「いや、天神町に行ったら、リクは京都に行った、って言われてさ、またこっちに戻ってきたんだ。
…リク達はナズナ達にもう会ったのか?」
 「いや、まだ会ってないけど…」
 「そっか…あぁでも、今は新太白神社に近寄らない方が良いかもな…ヤクモさんがすっごく怒ってるみたいだから」
 「ヤクモさんが?」
 「ん〜…何でも、昨日の昼過ぎに、台所の窓に野球ボールが凄い勢いで突っ込んできて、ヤクモさんともう1人の闘神士が怪我しそうになった…って言うか、
実際にヤクモさんが怪我したらしいんだよな。
それから、2人して机に向かったまま、部屋に篭りっきりらしくて…ナズナ達がおろおろしてたからさ」

頭の後ろで腕を組んで、淡々と新太白神社の様子を語るソーマの正面、リクの背後では、マサオミがこっそりと踵を返し、

 「…あれ?マサオミさん、もう帰るんですか?」
 「ん?あぁ、リクにそれを渡したかっただけだからね。じゃ」

必死に冷静であろうと努力しているが、慌てているのが其処彼処から滲み出ているような挙動不審さで、大慌てでバイクに乗って市内へ立ち去るマサオミの後姿を、
リクとソーマは呆然と見送った。

 「…そうだ。ソーマ君もソースカツ丼食べる?マサオミさんから2人分貰っちゃったから」
 「ん?じゃ食べる」
 「じゃあ、境内に上がってから食べようか」

そう言って、リクはソーマを連れて太白神社の境内へと続く階段を上り始めた。




 「!」
 「…如何したの?」

机の向かい側で、急に顔を上げたヤクモの行動に、

 「太白神社に張ってある封印に誰かが触れた…」

空中を睨むように見つめたまま答えるヤクモの返事に、ナナは

 「触れた?…破れたの?」
 「破れてはいないと思う…でも、多少綻びたような…」
 「随分曖昧なのね」
 「違う…破った人間の力が強いのか?
…若しかして……リクか?」

首を傾げて唸っていたヤクモの独り言に、零神操機からコゲンタが顔を出し、

 『リク?でもアイツが居るのは天神町だぜ?此処からじゃ…』
 「判ってる。でも今は夏休みだろう?京都に来ていてもおかしくは無い筈だ。昨日の昼に闘神符が見せてくれた映像の事もあるしな。
 …それに、もしリクが太白神社に居るんだとしたら…好都合だ」
 『…ヤクモ。お前、まさか…』
 「そのまさかだよ。コゲンタ」

にっこり笑う顔は昔と変わらず邪気が無いが、ヤクモの考えつく内容はいつも奇想天外な発想が多い。
その事を知っているコゲンタは、間もなくヤクモから何らかの“頼み事”を任されるであろうリクに対して同情の溜息を零し、

 「まぁでも、取り敢えず、太白神社の鬼門に闘神符でも飛ばしてみようか」

何処となく楽しそうに手元の紙で人形を切り始めたヤクモの頭の上に乗ったまま、コゲンタは如何にも不安な気持ちを押さえるので手一杯だった。












 <UP:05.8.15/Re−UP:06.3.6>