新太白神社・支殿の一室は、珍しく騒がしさに満ちていた。
「ヤクモ様!」
「ヤクモ様、無理をされては…」
朝方に見事に“昏倒”したくせに、無理矢理起き上がって“昏倒”の原因を作った、ある意味“宿敵”を追おうとするヤクモを止めようと追い縋るイヅナとナズナ、
その後ろでオロオロしながら3人の後を付いてくるソーマの意見も聞かず、ヤクモは部屋を出て廊下を歩き始めた。
「2人とも放してくれ。俺は何が何でもあの馬鹿を……?」
背後で追い縋る2人の闘神巫女に視線を向け、フラフラとよろめく身体を叱咤しながらも、歩みを止めようとしないヤクモの正面がふと暗くなる。
何事かと顔を上げたヤクモの脳天に“一撃”が振り下ろされたのは、その半瞬後の事だった。
完全な不意打ちをまともに食らって再度意識を失い、その場に崩れ落ちて倒れ込んで来たヤクモの身体を支えようとして失敗し、
尻餅をつきながらも何とか受け止めると、
「…全く、人の気配にすら此処まで近付かないと気付けないなんて、何時からそんなに鈍くなった訳?!」
闘神士になった頃から愛用している手甲で、ヤクモの脳天に“痛恨の一撃”を振り下ろした、黒のノースリーブと同色のアームウォーマーに、
赤のタータンチェックスカートというパンクファッションの女性は、
自分の肩に凭れ掛かるようにして腕の中でぐったりと横たわる、少しばかり顔色の悪いヤクモの顔を見下ろしたまま毒づいた。
「な、ナナ様…何時、此方にいらっしゃったのですか?;」
ヤクモを止めるにしても、闘神符でも使えばもっと穏便に済ませられただろうに――――実力行使で無理矢理ヤクモの行動を止めたナナに対して、
やや引き攣った笑みを浮かべたのはイヅナとナズナ。
「ついさっきよ。鎌倉で退治した女郎蜘蛛の子供が風に乗って彼方此方に逃げちゃって…
私は西側の退治を担当してるから、ヤクモが妖怪の情報持ってないかな〜って思って、鬼門経由でこっちにやって来たら、何か騒がしい声が聞こえるから、
様子を窺いながら神殿からこっちに来たんだけど……本当に変わってないわね」
『向こう見ずで鉄砲槍』『見え透いた罠に引っ掛かるバカ』『いっつも奇想天外な行動ばっかり』…等と、流派を超えて伝説扱いされている闘神士相手に、
悪態とも取れる言葉を次々に口にするその闘神士を見て、ソーマとナズナは思わず顔を見合わせる。
「…で、何でヤクモはこんな無理してる訳?」
一頻りヤクモの悪口を言いまくった後、気が済んだのか、小さく首を傾げて問うてくるナナの姿を見て、イヅナが苦笑顔になり、
「えぇ、実は…」
今朝からの一連の出来事を、掻い摘んでナナに説明し始めたイヅナの後ろで、
「理由も知らないまま殴って止めたのか…」
小声で呆れたように呟いたソーマは、横に立っているナズナに話し掛ける。
『千年前にして6年前の陰陽大戦を、白虎と共に終結させた天流の闘神士』『天流最強の闘神士』『天流の生きる伝説』『天流の青龍使い』等と、
何かと異名の多いヤクモを、幾ら多少弱り気味だったとは言え、一撃で昏倒させるのは、普通の闘神士には最早不可能だろうと思っていたのだが、
「…あの方は、北条ナナ様と申す、ヤクモ様と同い年の天流の闘神士です。
そして、あの方も千年前にして、6年前の陰陽大戦の関係者です」
「…前・陰陽大戦の関係者ってのは、皆タフな奴が多いのかな…あと、何だかんだ“非常識”で“人外”な闘神士が……」
自分達だって陰陽大戦の渦中に居たのだから、一般人から見れば十分“非常識”で“人外”なのだろうが、
如何にも目の前の2人はその一線を軽く超越しているような雰囲気を持っている。
果てしなく遠い目で呟くソーマを横目に垣間見て、ナズナは溜息を付いた。
「…そうかも知れませんね」
…支殿の廊下から見える青空は、何処までも澄んで高かった。
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