午前10時前。

 「有難う御座いました〜」

レジにて支払いを済ませたナナは、上機嫌顔で足取りも軽やかにデパートの出入り口に向かっていた。





 『随分ご機嫌ね、ナナ』

闘神機から半透明の霊体の姿を現したのは『朱雀のコマチ』。

 「だって、念願の先着20名様限定78円の特上ロースをGETできたんだもの!」
 『知ってるわよ。先着第3位だったものね』
 「えぇ。1位が取れなかったのは悔しいけど、特上ロースは手に入れられたから構わないわ。
それに…ありとあらゆる健康食品を買い込んだから、ヤクモには今日中に回復してもらうわよ!」

そう言ってナナはぐっと握り拳を作ると、

 「“健康”ってのは、“適度な食事”と“適度な睡眠”と“適度な運動”からなのよ?
そのどれを取っても、ヤクモは両極端過ぎなのよ!」

両手に買い物袋を下げ持ったまま息巻く契約者の姿にコマチは苦笑すると、

 『…それ、“美容に良い”っていう意味の、典型的なうたい文句じゃなかった?』
 「どっちでも良いわよ、この際」

ヤクモ本人が聞いたら、さぞ微妙そうな表情を見せるであろう科白をすっぱりと言い切ったナナは、
両手に下げた買い物袋に視線を落とし、再度視線を正面に向け――――10メートルほど正面を歩く人影に、思わず目を見開いた。




 「…これでよし、…っと」

小脇に綺麗に包装してもらった素麺の箱を抱えたマサオミは、ギフトコーナーを離れ、デパートの入り口へと向かっていた。

 『これで新太白神社に行けるね〜マサオミ君』
 「出来れば、行きたくないけどな……。
…でも、行かなかったら、この先吉川と会う度に追い掛け回されそうだからな〜…」

冷や汗を掻いて、薄ら寒そうな表情を見せながらも、取り敢えず『謝罪する』という肚を決めたらしいマサオミは、デパートの出入り口扉の取っ手に手を掛け、

 「待ちなさい、そこの男ーっっ!!」
 「…はい?」

背後から聞こえた声に吃驚して振り返った。




振り向いた先に居たのは、キッと此方を睨みつけたまま、此方に向かって猛ダッシュしてくる、両手に買い物袋を下げた、同い年くらいの見覚えのない少女の姿。

 「な…何だ?;」
 『マサオミ、あの子の右手首!』
 「て、天流の流派章?!」
 「よくも昨日はボールを投げ付けてくれたわねっっ!!!」
 「は?!」

両手に下げ持った買い物袋が重いのか、少女の足の速さは一見したよりも遅かったが、
『何でその事を知って…』と狼狽えるマサオミの中で、状況を冷静に分析していたらしい“もう1人の自分”とキバチヨが同時に弾き出した“少女の正体”は、

 『マサオミ君、あの娘が“天流のヤクモ”と一緒に怪我しそうになったっていう“天流の闘神士”じゃ…』
 「…多分…そう、だよな…」
 『で、如何する?』
 「如何する?って……今は逃げるしかないだろぉっっ!!!」
 「あっ!コラ待ちなさいよっ!!!」

慌てて踵を返したマサオミの姿を見て、ナナは更に走る速度を上げ、斯くして、

 「いい加減止まりなさいよ!!」
 『マサオミ君、駐輪場にバイク置いてきたよ〜?』
 「後で取りに行くから今は放っておいてくれキバチヨ!!」
 『でも、バイクで逃げた方が格段に早いよ?きっと』
 「あちらさんはエンジン点けて動き出すまで待ってくれそうにないだろぉが!!」
 『じゃ、この場で素直に謝ったら?』
 「何式神と一緒にブツブツ言ってんのよ!!止まりなさいって言ってるでしょう!!」
 「あんな怖ぇ女に追いかけられて…素直に謝っても何されるか判るかぁっ!!」

『何で吉川の知り合いは個性の強い奴ばっかりなんだぁっ!!』と、泣きながら新太白神社への道を只管走り続けるマサオミの背後を振り返ったキバチヨは、

 『…ま、あの位の剣幕と個性を持ってなきゃ、あの“天流のヤクモ”の知り合いにはなれないよ…きっと』

ペースを落とす事無く、マサオミとほぼ一定の距離を保ったまま此方を追い掛け続ける少女の姿に目を細めた。




 『マサオミ君、そこの角曲がって、正面の階段を上がって!』
 「わ…判っ……た…」

時刻は次第に真昼に近付き、猛暑になりつつある京都市内を長距離全力疾走するという、何とも無謀すぎる過酷な運動の結果、
次第に理性が消え失せてきたマサオミをナビゲートするキバチヨの数十メートル後ろでは、

 『ナナ、もう少しで新太白神社に着くわよ!』
 「わ、判って…る…」

マサオミと同じく、コマチに誘導されながら、息も絶え絶えになりつつも、それでも走る事を止めないナナの姿。

 『随分根性あるね〜…あの娘。
 …さ、マサオミ君、あと数段で境内だよ!』
 「判っ、た…」

最早、『駆け上がる』というよりは、登山でもしているように重い身体を引き摺るように境内へと続く階段を上ったマサオミは、よろめきながらも新太白神社の境内に入り、
そこで見たものは、

 「…おや?」

箒を片手に立っていた新太白神社の宮司と、

 「貴方は!」

目を見開いた幼い闘神巫女に、

 「あら、何時ぞやの食い逃げ犯ではありませぬか」

宮司御付の闘神巫女の、不自然なまでににこやかな笑顔。



イヅナの顔を見た途端ぴたりと足を止め、一瞬で顔面蒼白になったマサオミは、

 「…と」
 『と?』

目にも止まらぬ速さで懐に手を突っ込み、

 「闘神符!」
 『マサオミ君?!』

『扉』という文字の浮かび上がった闘神符を宙に掲げ、続いて開いた“障子の向こう”へと、飛び込むように駆け込んで、マサオミはその場から一瞬で遁走を図り、

 「どうかしたのか、彼は…」
 「そうですね…彼の所為で、ヤクモ様を筆頭に、天流に色々と被害が及んできております」

現れたと思ったら直ぐに姿を消してしまった、一人息子の友人が居た場所を呆然と見つめるモンジュの質問に、相変わらず不自然なまでに笑顔で答えるイヅナ。
そんな3人の正面の階段に、最早幽鬼のような雰囲気を纏わせたナナが階段から這い上がるように境内へと入り、

 「ナナ様?!」

ナズナが駆け寄った先、階段に手をつきながら上って来たナナは、乱れた呼吸のまま、境内から一瞬で姿を消してしまった“犯人”の立っていた場所を睨みつけると、

 「っ…逃げ足の早い……次に見つけたら絶対に逃がさないんだからぁっ!!!」

此れまで一度たりとも、後見人であるモンジュの前で見せた事の無い顔を見せて、怒り狂った叫び声を上げながら、
スカートのポケットから数枚の闘神符を無造作に宙に放ち、

 「い、一体何があったのだ…?;」

境内でゼイゼイと喘ぎながら怒り狂って叫ぶナナの剣幕に圧されたモンジュは、彼女の父であり、嘗て土行門下であった北条を思わず思い出した。












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