待ち続けた彗星が去り、小春日和が続く休日の午後。
「先生ー?何処に居るんだー?」
与えられた二階の八畳の部屋にも、一階の部屋の何れにも居らず、お気に入りの近くの野原にも姿が見当たらない白い三毛猫を探して、再び藤原家に戻れば、探していた猫は縁側でくるりと小さく丸まって、ぷーぷーと小さな寝息を立てながら呑気にも眠っていた。
日に日に春の足音が聞こえる晴れた日の日差しは、それはそれは暖かい。
散々探したんだぞ、と、心の中で愚痴を零しながらも、足音を立てないようにそっと忍び寄って、縁側で丸まっている先生の隣に腰を下ろし、その白い毛をそっと撫でる。
先生の事だから起きるだろうと思ったが、存外にも図太い神経をしているのか、単に寝汚いだけなのか、それとも起きるのが面倒で、狸寝入りを決め込んでいるだけなのか、何れにせよ、起きる気配は全くなかった。
指先を流れていく柔らかい毛と、ほこほこと心地良い、暖かい体温。
まるで湯たんぽのようだ、と夏目は思い、そっと眠る猫を抱き上げてみる。
それでも起きない先生を腕に抱いて見渡した庭先には、まだ少しだけ冷たい風に吹かれながらも、少しずつ膨らみが目立ち始めた新芽をつけた木の枝が見えた。
縁側に腰掛けたまま、午後の暖かい春の日差しを全身に浴び、先生に染み付いた太陽の匂いを暫し楽しむ。
…睡魔に負けるのは、時間の問題と言えた。
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「貴志くーん?猫ちゃんは見つかった?」
先刻から猫を探して家中を右往左往していた子どもの姿を探して、屋内を渡り歩いていた塔子が見つけたのは、縁側で夢の世界に旅立った一人と一匹の姿。
猫の方は最初から起きていたのか、それとも起こしてしまったのか、小さく身じろいで塔子の方へと首を廻らせて視線を向けたが、そのまま鳴きもせずに、眠る夏目の傍でじっと蹲っている。
「…邪魔しちゃったわね」
小さく微笑んで、隣の部屋へと足を踏み入れる。
扉の近くに置いてあった薄手の毛布を手に取って、縁側で眠る夏目と猫の身体にそっと掛けると、猫はひとつ大きな大欠伸をして、再び夏目の傍でくるりと丸くなった。
…本当に、この猫はこの子によく懐いている。仔猫の頃から育てた訳でもなく、そうでなくとも、犬のように人に対して恭順な態度を見せる事は少ない猫が、ここまでこの子に懐くのは、何だか物珍しいような気がする――――矢張り、猫なりに可愛がってもらっているのが判るのだろうか。
「…お休みなさい」
寄り添って眠る二人の様子があまりにも微笑ましくて、つい笑ってしまう。
優しくそっと声をかけると、人の言葉が判るのか、猫は丸くなったまま、短い尻尾を振って塔子に応えた。
――――午後の陽が翳り始めるまであと2時間。
2人が起きて来たら、一緒にお茶にしましょう。今日のおやつは何が良いかしら?
まだまだぎこちないけれど、少しずつ笑顔を見せてくれるようになったあの子は、何を作ったら喜んでくれるだろうか。
先程寝顔を見せてくれたように、笑顔も見せてくれるだろうか。
心の中でそんな事を考えながら、塔子はお茶の準備をする為に、台所へとそっと踵を返した。