昨年末、夕刻を迎えた25日から舞い始めた雪。
正月が明けた今もまだ、窓の外でちらほらと白い雪が風に舞うのを見て、つるふかしたその白い前足を窓枠に乗せていた、昨年初夏にこの藤原家にやって来たその三毛猫姿の大妖怪――――斑は、寒そうにふるふると小さく震えると、窓辺から一目散にお気に入りの座布団の上へと小さく駆け、傍にあった毛布に潜り込んでそのまま丸まってしまった。
「…猫が寒がりだってのは本当なんだな」
「猫ではないと言っておろうが!」
「でも、寒いんだろう?」
そう、この部屋の主――――夏目が訊ねると、日に日に冷え込む寒さが余程堪えるのか、最早口を利くのも億劫なのか、何れにせよ毛布に潜ったニャンコ先生は、返事はおろか身動ぎもしない。
仕方ないなぁ、と小さくごちて、机の前から立ち上がり、窓の傍に置いてあった猫用のケープに手を伸ばす。この部屋は外よりは余程暖かい筈なのだが、確かに窓辺に寄ると、閉じている窓越しでも、外からの寒さが夏目の指先にも伝わってくる。…確かに、今日は此処数日よりもよく冷える。
此処に――――この藤原家にやってきてから初めて迎える冬。いつもこの辺は、こんなに雪が降り積もって寒い地域なのだろうか。今度塔子さん達に訊いてみようとふと思い、手に取った小さなケープを持って、ニャンコ先生の傍へ腰を下ろすと、夏目は毛布に潜り込んで丸くなったままの先生をひょいと膝の上に抱え上げた。
「…寒い」
暖かい毛布を捲られて、恨みがましそうに此方を見る先生の身体に、手に持っていたケープを着せ、留め紐を首元で結んでやると、赤い首輪に付いた鈴がちりん、と小さな音を立てた。
赤い斑点模様が付いた布地に、白いふわふわの縁取りが施されたその可愛らしいケープは、先生の事が大好きらしいタキが、ニャンコ先生にとくれたクリスマスプレゼント。
今ニャンコ先生が包まっている小さめの毛布だって、田沼が同じようにクリスマスプレゼントとして先生にくれたものだ。
二人曰く、『つるふかしてあったかいけど、長毛種じゃないんだから、冬は寒いでしょ?』との事だったが、先生の本来の姿は長毛種の猫よりも余程暖かい。
寒くはなかった筈なのに、あのふわふわした温かい白い毛に無性に触れたくなって、思わず腕の中で毛布に包まったままの先生をぎゅうと抱き締める。ぐぇとかいう奇声が上がったが、気にしない事にした。
「先生はあったかい、な」
「当たり前だ。お前は私を何だと思っている」
もぞもぞと小さく身じろぎしながらも、然しながら抱かれているのは嫌ではないのか、先生は腕の中でじっとしている。…そう言えば、ニャンコ先生は何故か俺の膝の上で丸くなるのが好きだったっけ。
「貴志くーん。おやつが出来たから、一緒に下で頂きましょう」
廊下を歩く小さな足音と、控え目なノックが3回。
襖を開いて顔を覗かせた塔子さんは、毛布にくるまった先生を抱いた俺を見てふわりと笑う。
「あらあら、このお部屋は冷えるわね。…大変、貴志君が風邪を引いてしまうわ」
「平気ですよ、この位の寒さなら」
部屋の温度に吃驚したのか、塔子さんは慌てて部屋に入ってくる。
そんなにこの部屋は冷えているのだろうか……今まで過ごしてきた他の家では、暖房など必要ないと言われていたから、冬になったからと言って、当然のように暖かい部屋で過ごした事など殆どなくて、この位の寒さで独り居るのは当たり前だと思っていた――――この寒空の下に独り放り出される事を思えば、この部屋は十分暖かいのだから。
けれど、塔子さんは畳に膝をついて、先生を抱いていた俺の手に触れると、
「…ほら、こんなに冷たくなって。
ふふ、可愛い服を着せてもらったのね。猫ちゃんも一緒にいらっしゃい。滋さんも待っているから、皆で温かい鯛焼きを一緒に食べましょう?」
塔子さんの温かい手の温もりが指先に伝わり、この部屋が――――身体が冷えているのだという事に漸く気付く。
…あぁ、先生が寒さに震えていたのは、先生の過剰反応でも何でもなく、寧ろ温度変化に鈍かったのは俺の方なのか。
「…はい」
塔子さんにそっと頭を撫でられた先生は、小さくにゃあと鳴いて俺の方へ振り返る。俺も小さく頷いて、先生を抱いたまま立ち上がった。
部屋を出て、2人と1匹で階段を下りて行くと、居間から滋さんが顔を覗かせて『こっちだ』と手招きするのが見える。
先程までちらほらと舞っていた雪は、いつの間にか再び積もり始めていたけれど、滋さん達が待っていてくれた引き戸の向こうは、今までに迎えたどの冬よりも暖かい場所だった。