MIDI by “
VAGRANCY
”
『お前は一族の当主なんだから。』 『良い当主になりなさい。』
――――直接そう言われた訳ではないけれど、何時も周りは何処か自分に期待していた。
勿論、最初は何の事か判らなかった。 だから、大人の言う通りに何でもこなして来た。
けれど、物心がつくに従って『当主』と言う言葉がどんな意味を持つものなのかも、
“シューマッハ家嫡流の嫡男”である自分がどんなに重い責任を背負わなければならないのかも判るようになって、
それが『嫌』だと心の中で思っても、どんなに拒否しても、現実にはそこへと向かう道をずっと歩いていた。
…他人の敷いたレールの上を歩くのは嫌だと気付いた時には、もう遅かった。
『他人の言う通りにするのは嫌だ』 『でも言う事を聞かなければならない』
…その板挟みの中で、兄弟のように一緒に育った親友が教えてくれたモノ。
滅多に他のものには興味を示さなかったけれど、これだけは違った。
やがてそれはベルクマッセへと姿を変えて、そのうち国外へ出て行く事も多くなって
『家』へ帰る事も少なくなった。
…家族が嫌いだった訳ではない。けれど、心の何処かで『家』に対して拒絶感があったのは否めない。
『帰らない』事に安心感を覚えていた。
だから――――『外へ出て行きたいとどんなに強く望んでも、出て行く事が出来ない』人間が居るなんて事、
そんな寂しい『世界』があるなんて事を、あの人に出会うまで知らなかった。
+ + + + +
『…御祖父様。一体何処へ行くんですか?
私は、早く家で休憩したいんです。…そんなに長い休暇では無いし…』
『まぁそう焦るな。もうすぐ着くから、な?』
『その科白は先刻も聞きました。…まだ着かないんですか?』
『焦るなと言うておろう』
隣に座る祖父を見上げていた俺は、先刻から幾度と無く繰り返される同じ問答に一つ溜息を吐いて、
車外に広がる景色へと目を向けた。
…どの窓を見ても、見渡す限り、深緑に包まれた“黒い森”しか見えない。
((――――つまらない。))
こんな事なら無理矢理にでもエーリッヒをハンブルクから連れ戻して連れて来るんだった。
今更だが悔まずにはいられない。
ノルウェーで開かれていた大会から、自分が所属する『アイゼンヴォルフ』の面々がドイツへ戻って来たのはほんの数十時間前。
更に数時間前までは、アイゼンヴォルフ理事会が設置されているベルリン本部で、
2週間後に開かれる大会に関するミーティングを休憩無しで行っていた。
…7歳にしてアイゼンヴォルフNo.3の地位を持っているのが悪いのか、それともこの歳で参謀を務める自分が悪いのか。
思い出せる限り、ここ最近の睡眠に関する記憶を遡ってみるが、
連日続くミーティングとレースの為に、ここ最近まともに寝た覚えが見事に無い。
チームに所属しない同級生は、こんなにハードな生活はした事は絶対に無いだろう。
――――数日前から、睡魔が容赦なく自分を苛んでいる。
そう言えば、ベルリンから帰る時、エーリッヒがやたら心配そうな顔をしていた事を思い出した。
…まるで、『お使いに出したのは良いけれど、狼に遭わないで無事にお祖母さんの家に辿り着けるのか、
それが心配で心配で仕方ない赤頭巾の母親』のような顔をしていた事を。
…確かに、『意識があるうちに家まで帰って来れたのは奇跡だったかも知れない』、と自分で思う位
眠くて意識が不安定だったのは認めるが、無事に帰れたんだから別に良いだろ、と思う。
――――何だかとても、屋敷の方にエーリッヒから電話が掛かって来ていそうな気がするけれど。
確かに、ハードな生活をしていると云う観点では他のメンバーやエーリッヒも自分と同様だが、
リーダーやサブリーダーは普段時よりレース中の方が忙しいし、
エーリッヒの場合は、セッティングとマシンの設計に夢中になってしまって
自ら睡眠時間を削っているような節があるから、あれは寧ろ『自業自得』の範疇だろう。
―――…まぁ、この間からは何かプロトタイプのマシンを思い付いたようだし、
本人はそんな生活でも満足しているようだから別に構わないが、
自分の「役職」+「毎日レースがある」=参謀に「休憩」は許されなかった。
((――――眠い…。))
普通の小学生としての生活と、”レーサー”としてのハードな生活の中で漸く与えられた、短い休暇。
「久々に休憩が出来る」と、『家』に戻るにしては随分気分良く戻っては来たが、
帰宅した途端、屋敷の大広間で待ち構えていた祖父によって、半ば連れ去られる形で此処まで連れて来られた。
…勿論、此処が何処なのか、何故自分がこんな所に居るのか、何故妹でなくて自分が連れて来られたのかも判らない。
((やっと休憩出来ると思ったのに…))
休憩時間を奪われた恨めしさだけが募った。
『…ット、シュミット!』
『――――…?…何ですか御祖父様…?』
…どうやら窓の外を眺めているうちに睡魔に負けたらしい。
本気で寝入っていたらしく、意識を保つ事が中々出来ない。
『着いたぞ。』
『着いたって…何処――――…へ?』
まだ半分寝ている頭を無理矢理叩き起こして、祖父に手を引かれるまま車から出て、
漸く顔を上げたその正面には――――大きな城が聳えていた。
…一瞬何が何だか判らなくなって、思わず間抜けな声を出してしまう。
過去に、祖父に『城に連れて行って欲しい』等と頼んだ事などあっただろうか?
眠い眠いと訴える頭を宥めすかし、考えうる限り記憶の海を遡ってみる。――――そんな発言をした覚えは一切無い。
『…シュミット?』
そのままぼうっと城を見上げていると、また祖父に名前を呼ばれる。
『酔ったか?』
『…いえ、大丈夫です』
敢えて言うなら、異常な位眠いだけだ。
『そうか。…こっちにおいで。』
…こうも眠いと返事を口にするのも億劫で、何も言う気にならない。
俺は無言で頷くと、祖父に手を引かれ城の内部へと入っていった。
入って暫くの事は、よく覚えていない。
…と言うのも、城の中が外より薄暗かった為に、何とか抑えていた睡魔が再復活してきたからだ。
玄関から続く、ごく短い絨毯の毛に蹴躓きそうになりながらも、恐らく応接室と思われる部屋に祖父とともに案内され、
そこで自己紹介をする為にソファーから立ち上がったその時――――視界が揺れた。
…『シュミット!』と自分を呼ぶ祖父の声が遠くに聞こえる。
――――情けない話だが、訪問先の、然も主人の目の前で再び睡魔に負けてしまったらしい。
NEXT→
――――いい加減此方のサイトも更新せねば…と思って、取り敢えず開幕劇序章だけUPしてみた。
しっかし、ウチのエーリッヒって書く物語の種類によって見事に性格変わりますな。(遠い目)
…まぁ、大抵『ちゃっかりさん』系か、『気分はもう母親』系かの、どちらかが多いんだけど。(笑)
因みに、今回のエーリッヒは『気分はもう母親』系です。…この開幕劇序章内ではまだ7歳の子供なのに。(大笑)
この調子じゃ、『優しい嘘』の次回作にあたるエリ+ミハ物語(タイトル未定)でも、『気分はもう母親』でしょうね。……多分。(苦笑)
…どうでもいいけど、シュミット視点の文章って何故かめちゃ書き難いです。誰かタスケテー…(涙)
********
(2002.12.19.追記):
城に到着してからの部分を追加、既存文章訂正。
『“本当に眠い”と、自分が自制できる意識だけでは抑えきれない時もある』というシーンを書きたかったんだけど、
『良家の当主』にはあるまじき失態ですよね、コレ。(苦笑)
…良いんだ、どうせこの城はシュミ祖父の友人の城って設定だし。(でも貴族…;;)