部屋の窓から空を眺める。
見上げた空は、見事な位雲一つ無い快晴。…確か、こういう時の空の状態を『日本晴』と言うのだと、キョウジュが言っていた。
自分の経験上でも、こういう日は一日中晴れる事が多い。
きっと、今日も一日穏やかな暖かい日になるだろう。
…けれど。
*+*
Ribisel *+*
「…………。」
先刻から同室者の視線を背中に感じる。
「…カイ、何か用か?」
視線を受ける感覚に耐え切れず、振り返ってベットに腰掛けるカイの側に近寄って問い掛ける。
「…………。」
カイは一瞬眩しそうに目を細める。が、相変わらず黙ったまま。
自分の気持ちを表現するのが苦手な彼は、あまり表情を外面に出してくれない。
そんな彼の反応に一つ小さく溜息をついて、窓の外へ振り返ろうとした時。
「…お前の瞳の色」
「え?」
「お前の瞳の色は、どうしてそんな色なんだ?」
視線の先―――カイは眉を顰めながら訊ねる。
「目の色?…俺の?」
「お前以外に誰が居るんだ。…で、何でそんな色なんだ?」
「ああ、これ?…何処から説明すれば良いかなぁ…
俺の一族…白虎族は元々王族とかの近衛とか護衛を担当してたから、外部の人間の血が入ってくる事があんまり無かったんだ。
だから―――…」
「つまり―――『血が濃い』からだと?」
目を細め、レイを見つめる。
「そういう事。近親結婚の結果、…なんだろうな。
…もう何十年も、俺が村を出るまで誰も村の外へ行こうとしなかったし、誰もやって来なかったらしいから」
そう言って金色の瞳を伏せ、窓の方に向き直る。
――――この『黄金色の瞳』は自分だけに限った話じゃない。ライやマオ、ガオウ、キキ達だって同じ事だ。
近親結婚を繰り返すと、必ず血は『濃く』なる。
出来ればそういう事態は避けたい。…けれど、当時の世は暗殺を主とする戦闘一族の腕を高く買っていた時代。“敵”は星の数ほど居た。
主の命を守る為にも、万が一にも一族の住処を外部の人間に知られてはならなかった。
そうなれば、自ずと外部からの人間の流入は無くなり、一族自体が閉鎖的にならざるを得ない。
その結果が、この忌々しい『黄金』色の瞳なのだと――――…
「だが、綺麗な色だ」
「!…綺麗?……本当に?」
…こんなに忌々しい色なのに。
「?…綺麗なものは綺麗だろう?」
驚いたように目を丸くするレイにそう言って、その腕を引く。
「嘘だ…」
その手に引かれるまま、カイの腕に抱かれて呟く。
「綺麗だ」
「嘘だ…」
こんなに嫌いな色は無い。大嫌い――――…
「綺麗だ…」
「嘘だ…」
「綺麗だ」
「嘘…」
耳元で何度も囁かれる言葉に反応して見上げたカイの顔が突然滲んで揺らぐ。
大嫌いな金の瞳が一瞬熱くなって、次の瞬間溢れ出したモノは―――透明な涙。
「何故泣く?……そんなに嫌いか?こんなに綺麗なのに」
「………っ」
溢れ出す涙は止まる事を知らないように流れ落ちて、
「ふっ……く…」
次第に頭の中が混乱していく。
この瞳は綺麗なの?…否、そんな事ある訳無い。
綺麗である筈がない。
「っく…ふぇ……」
この身体に脈々と流れるのは、“表”の人間を守る為に幾人もの人の命を手に掛け、葬ってきた“裏”の人間の血。
この『黄金色の瞳』は“裏”の人間―――即ち“暗殺者”の血を受け継いでいる事を示す何よりの証拠。
消せない過ちを犯してきた事を証明する『罪の刻印』なのだ。そんな代物が“綺麗”である筈が無い――――
「うそ…だ…っ…」
姿見の中に自分の姿を見る度に、“姿見の中の俺”が、黄金色の瞳で俺を見つめ返してくる。
あの忌々しい色の瞳で、俺を見つめる。――――責め立てるように。
「綺麗じゃ…ない…」
それだけしか言えない。それ以上の言葉は塞き止められたかのように口から出てくれない。
「何故だ?」
カイの問う言葉が頭の中を駆け巡る。
『何故嫌いなの?』
…忌々しいから。
『如何して忌々しいの?』
―――…言いたくない。
『如何して?』
カイに…嫌われたくないから。
『如何して嫌われるの?』
…俺の手が、真っ赤だから。
例え自分がその手を汚していなくとも、数代前までは自らの手を他人の血で汚していた事実に変わりはない。
時代が変わり、暗殺術こそ継承されなくなったが、それを行っていた“暗殺者”の血は脈々と引き継がれている。
――――自分の中に、瞳の色に。
この瞳が“暗殺者の証拠”である事だけは、カイに知られたくなかった。
この事をカイが知ったら、きっと絶対にカイは俺の事を嫌いになる。
イヤダ、ソレダケハゼッタイニイヤダ。キラワレタクナイ、キラワレルノガコワイ――――
…いつも、姿見の中の自分を見る度に、姿見を叩き割りたい気持ちに駆られた。
割れた姿見の破片でこの黄金色の瞳を傷つけて、暗殺者の象徴たる『黄金色の瞳』を消し去ってしまいたかった。――――いつも、何時も。
「判ら…な…っ……でもっ…きらい…な…だっ…」
「…もういい。もう判ったから」
「っく…カイぃ…」
拭っても拭っても涙は止まらない。
身体が空気を求めるが、喉からは嗚咽が止め処なく溢れるばかりで呼吸すら上手く出来ない。
カイはそんなレイの姿を見て一瞬バツの悪そうな表情を浮かべると、
がむしゃらに掌で涙を拭うレイの腕を取り、そのまま引き寄せて、レイの閉じられた瞼の上に唇を当てた。
それでも、レイから溢れ出す涙も嗚咽も止まらない。
…黄金色の瞳が、熱い。
「ふぅ…」
小さく溜息をついて、腕の中で泣き疲れて眠ってしまったレイを見る。
丁度カイの肩に凭れ掛かるような形で眠っている彼は、つい先刻までずっと泣き続けていた。
眠っている今でも、目元は微かに濡れ、涙が流れ落ちた後がうっすらと残っている。
…一目で泣き腫らしたと判る程までに泣かせてしまったのは、紛れもない自分。
恐らく、彼の中にある“触れてはならない部分”に触れてしまったのだろう。
先刻からずっと“それ”が何であるのか考えていたが、今だに“触れてはならない部分”が何だったのか判らない。
例え“それ”が判っていたとしても、泣かせるつもりなんて毛頭なかったのだが――――
「すまない…」
カイの口から小さく謝罪の言葉が出るが、それは独白となって夕闇の光に満ちた部屋に消えた。
<UP:03.2.20>