しとしと、しとしと。
数日前から降り続けたままの雨は、未だに降り止まない。













*+*  Regenzeit  *+*













「カイは雨が嫌いか?」
窓辺に両腕を乗せて、窓の外で降り続ける雨を見ながら寝そべっていた猫――――基、レイがソファで雑誌を読んでいるカイの方へと振り返る。
「嫌いではない。だが―――この湿気は嫌いだな」
視線は無意識に、机の上に置かれた空調のリモコンへ。
「確かに、日本の6月…えぇっと、“ツユ”とか言ったっけ?この間はずっと蒸し暑いからな」
苦笑気味に答えるのは、先刻この部屋に2人して入って来た時に、冷房を入れようとしたカイの動きを遮ってまで
『ドライが良い』と珍しく我侭を言い張った所為か。
「蒸し暑いと思っているなら、いつでも冷房に切り換えてやる」
意地悪く、併し半分以上本気で、読んでいた雑誌を脇に押しやりつつリモコンを手に取り言ったのは、
普段から19度以下に温度設定されたオフィスの世界に居るカイ。
幼い頃を極寒の地で過ごしたカイにとっては、この蒸し暑い日本の気候は、サウナ室に匹敵するくらいに感じているらしい。
「わぁぁ!!冷房はまだ早いだろ!?」
レイにとっては、この部屋に足を踏み入れた時よりも遥かに涼しくなったように感じるのだが、カイにとっては大差ないらしい。
慌ててカイの腕に取り付き、リモコンを頭上へ取り上げ――――カイに抱きすくめられたのは、その時だった。
「わ、わっ!」
スプリングの利いたソファの上に膝立ちで、おまけに中途半端に両腕を万歳した、何とも不安定な体勢。
ソファに凭れ掛かっていたカイに腰を抱き寄せられたレイは、そのままカイの方に倒れ込み――――ゴン、という鈍い音が響いたのはその時だった。

「………オイ」
剣呑な雰囲気を含ませたその低い声が耳元で聴こえ、カイの肩越しに顔を突っ込んでいたレイが慌てて体勢を立て直しつつ―――
カイの方へ倒れ込んだその瞬間に、右手に持っていたリモコンがカイの頭に見事クリティカルヒットした事で―――引き攣った笑みを浮かべる。
「あ、いや、その……御免;
…でも、元はと言えばカイが悪いんだからな!!いきなり引っ張ったりして…っ?!」
喋っている途中でまた抱き込まれ、又もレイはカイの肩越しに顔を突っ込む。
「〜〜〜〜カイっ!!」
如何やらソファの背凭れで鼻を打ったらしい。
鼻先を少し紅くしながら、痛みに少しだけ潤んだその金色の瞳で、ほんの少しだけ上にあるカイの紅い瞳を睨みつける。
併し、睨み付けられた方は飄々と一言。
「…眠い」



………………。
…………………………
………………………………………。



「…は?」
事情を知らない通りすがりが傍目から見ていれば、お熱い事で、と感想を漏らしそうなほど、
たっぷり10秒ほどの間、永遠に時が凍りついたかのように見つめ合っていた2人だったが、
沈黙は間抜な一声で呆気なく破られた。
「俺は眠い。…だから寝る」
本当に眠いのか?と聞きたくなるほど、明瞭な声で就寝宣言をしたカイは、レイにそう告げると、
更にレイを抱き寄せてソファに凭れ掛かったまま目を閉じようとする。
「か、カイ!ちょっと待て!!寝るのはお前の勝手だが、何で俺まで?!」
訳が判らないまま、上擦った声で思わず叫ぶ。
耳元でぎゃあぎゃあと喚かれたカイは、迷惑そうな顔で再び目を開くと、
「お前は良い抱き枕だからな」



………………
…………………………。



「何だよそれはーーーーっ!!!」
又も数秒の沈黙の後に叫び声を上げたのはレイ。
「誰が枕だ!!」
「お前だ」
「枕になった覚えなんか何処にも無いぞ!」
「五月蝿い。耳元で騒ぐな」
ぴしゃりとそう言い切ると、カイは再び目を瞑る。
「カイ!カイってば!!」
揺り起こそうとカイの服を掴んだが、早くも薄く開いた口から聴こえた微かな寝息に、腕の力が抜ける。
「…もう、今日だけだからな」
不貞腐れた声で――――併し、見る者を魅了して止まないその柔らかい微笑みを顔に浮かべ、レイは大人しくカイの腕に収まった。



…数分後、部屋の中にはもう一人分の微かな寝息が上がり――――それまで狸寝入りをしていた御曹司は、
腕の中で大人しくなった存在に薄く笑みを浮かべた。






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部屋の中に響くのは、2人分の微かな寝息と14時を告げる時計の音、窓の外で降り続ける雨の微かな音。
相変わらず柔らかく静かな子守唄を奏で続ける雨の日の午後、永遠とも思える時間がゆっくり流れていく。




しとしと、しとしと。
数日前から降り続けたままの雨は、未だに降り止まない。




















 ※ 『 Regenzeit 』 [ レーゲン・ツァイト ] <独語/女性名詞> 「雨季」の意。





 <UP:04.6.26>