秋が深まり、雲一つ無い10月の昼下がりの空を見上げ、カイは明るい空にうっすらと霞んで見える半月へと視線を向けた。
―――…前回木ノ宮家を訪れてから、今日でたっぷり2週間もの時間が経過している。
本来なら、こんなに遅くなる筈ではなかったのだが、火渡エンタープライズの社長を勤めた祖父の下に長年居た割には、随分と手際の悪い部下の所為で、
カイは祖父から与えられた火渡エンタープライズ関連のとある仕事をこなすのに、自分が当初予想していた3倍以上の日時を掛かって終えるという、
何とも情けない業績を上げる事になってしまった。
…何れ社長の座に就いた暁には、真っ先に人員整理をしようと固く心に誓いながら、少し肌寒くなった秋空の下、カイは木ノ宮家へと足を向けていた。













*++  Kerzenlicht*  ++*













「………何だこれは」
久し振りにやって来たかと思えば、挨拶すらせずに開口一番、侮蔑の感情を惜しみなく含んだ科白を相手が呟いたのを耳にし、
カイがやって来るまで居間にある火燵に座り込んだまま、その場で唯一起きていたレイは、
手に持っていた手の平大の緑色の塊とナイフを火燵の机の上に置くと、突然やって来た来訪者の毒を含んだきつい一言に対し、
思わず破顔して曖昧な苦笑を浮かべた。
「いや、最初は普通のベイバトルだったんだが…休憩している時に、マックスが『今日はハロウィンだから、ジャック・オ・ランタンを作るネ!』って言い出して…
俺が口を挟む間も無く、4人揃って商店街まで駆けて行ってしまって…」
「…で、買って来たのは只の栗南瓜か」
酷い頭痛に襲われたかのように、歪ませた顔に手を当てたカイの視線の先には、歪な穴が幾箇所か開けられ、
中途半端に中身を刳り貫かれてそのまま放置されたままの、青々しい生の栗南瓜。…基、中途半端なジャック・オ・ランタンの出来損ない。
確かに、ハロウィーンのジャック・オ・ランタンに使用する、あの綺麗なオレンジ色の大きな南瓜は、
日本ではその辺のスーパーや八百屋で見かける事はまず無いし、手に入れるのも少々困難である。
併し、だからと言って栗南瓜を代理に宛がっても、矢張り違う物は違うのだ。

…因みに、その“出来損ない”を制作しようと奮闘していた筈の4名は、十分休憩し終えないうちに別の行動を起こした事もあってか、
制作し始めてから僅か数十分の間に、火燵に包まるように全員寝転がり、
栗南瓜を買ってきた時の威勢は何処へやら、意識はとうの昔に夢の世界へ行ってしまった、…というのが、今まで独り起きていたレイの話。


…半ば自嘲の笑みを浮かべて4人の寝顔を見つめる2人の間には、最早『生臭い』と言った方が正解のような、生の栗南瓜の匂いが部屋中に満ちていた。






「人が漸く時間を取ってやって来たらこのざまとは……萎える」
火燵からはみ出していた4人の足や肩を持ち上げ、不満を全身から発するカイを宥めながら4人を道場に敷いた布団まで運び、
風邪を引かないようにと毛布をかけてから再度居間に戻って来たレイの前には、
火燵に座り込んで、自分が作りかけていたジャック・オ・ランタンもどきを両手で持ち上げ、まるで睨めっこをしているような体勢のカイの姿。
「まぁ、タカオ達も最近テストで忙しかったみたいだから、余計疲れてるんじゃないのか?…今日はいつも以上に皆張り切ってたし」
『昼間、タカオと大地がベイバトルした時は、半ば聖獣合戦になってしまって、青龍の風で舞い上がった瓦が数枚剥がれて割れて、
2人ともお爺さんに怒られていた』と楽しそうに話しながら、
レイは他の南瓜と同じく机の上に乗っていた、無傷の栗南瓜をカイの方に差し出した。
「…何だ」
「これはカイの分」
『タカオ達がきっちり人数分買ってきたからな』と、ナイフを手に取り、今度はカイの手から作りかけの南瓜を取り返す。
「俺はやらん」
「次の世界大会は俺とカイのタッグだって、前にキョウジュから聞いただろう?…カイとはここ最近タッグ戦の練習もしていないんだから、
少しぐらい俺と歩調を合わせる事にも挑戦してみたら如何だ?」
「断る。こんな事をやっても意味が無い」
「自分のやりたくない事なら随分あっさりと逃げるんだな」
「…何だと」
「俺もマックスも、今度の世界大会はBBAに残るつもりだ。けれど、他のチーム…PPBやユーロ、バルテズソルダにFサングレ、
それに白虎族の皆やBEGA……皆、この前の世界大会よりもより強くなって来るぞ?
…ここ最近カイが練習に来れなかった理由は知ってる。でも、今のカイは今自分がやれる事に、適当な理由を作って責任転嫁してるだけだ」
「ベイを回す事とコイツを彫る事と何の関係がある!」
「忍耐と努力と根性」
にべも無くそう言い切ると、レイはカイから目前の栗南瓜へと意識を向け、再び厚い南瓜の皮と格闘し始めたが、
「……………忍耐も努力も根性ももう要らん」
暫しの沈黙の後、『これ以上もう要るか』等と何処かうんざりしたような口調で言いながら、カイが火燵の上にレイから手渡された栗南瓜を戻す。
「カイ!!〜〜〜…じゃあこうしよう?」
少しばかり嘆息しながら、レイは再度カイの目前に栗南瓜を付きつけ、にっこりと笑いながら一言。
「俺がカイのジャック・オ・ランタンを作る。だから、カイは俺の分を作ってくれ」
『そしたら、6つのうちの2つだけでも、今日中に出来上がるだろう?』と楽しそうに言って、無理矢理カイの手の中に栗南瓜を押し付ける。
カイの返答を待たずに一人納得して「どんな風にしようかな〜」と彫りかけの栗南瓜を目前に据え置いて唸り始めたレイを見て、
「…良いだろう」
カイは漸くレイが言いたい事を理解し、にやりと微かに微笑うと、机の上のナイフへと手を伸ばした。






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「出来たー!…カイは?」
「もう少し」
「…俺のは額に丸い穴が開いてるのか?」
「お前のだって、頬に4箇所も穴が開いているだろうが」
「だってこれはカイのだし…」
自身の手の中に収まっている、頬にあたる部分に三角形の穴が計4箇所刳り貫かれたジャック・オ・ランタンにレイが視線を落とせば、
「それを言うならこれは“お前の”だろう?」
レイと同じようにカイの手の中で収まっている、額に丸い穴の開いたジャック・オ・ランタンに視線を落としながら、
からかうような口調で返すカイの声が聞こえ、居間から2人が小さく忍び笑う声が微かに木ノ宮家に響いた。



「…すっごく楽しそうネ、あの2人」
「カイが来たのも久しぶりですから、余計に、でしょうね」
奥の間の襖の陰から、こっそりこそこそとお互い小声で話しつつ、居間を盗み見る4人の視線の先は、
ジャック・オ・ランタン作りにすっかり夢中になっているカイとレイの姿。
「そもそも『ジャック・オ・ランタンを作る』って言い出したのは俺達だったのに、何か今じゃあいつ等の方が楽しんでないか?」
「あいつ等の作ったジャック・オ・ランタン、どう見たってあいつ等そのものだぜ?」
2人揃って何処となく呆れ顔で呟いたのはタカオと大地。
「レイの作ったジャック・オ・ランタンはさしずめカイジャック、カイの作ったジャック・オ・ランタンはレイジャック、ってところですか?
…自分でもすっごくネーミングセンス悪いと思いますけど」
「相変わらず仲良いよネ〜あの2人。ジャック・オ・ランタンもお揃いネ?」
『ボク妬いちゃいそうダヨ』と、何処となく黒い笑みを浮かべつつ言うマックスの姿を見て、
『『マ、マックス…;;』』『し、師匠…;』と一瞬背後に引いたタカオとキョウジュと大地だったが、
「…ま、まぁ、俺達も後でちゃんと作ろうぜ!ジャック・オ・ランタン」
「おう!」
「そうだネ!」
「そうですね!」
楽しそうに笑い声を噛み殺す4人は、カイとレイに気付かれないように、夕闇が落ち始めた道場へと忍び足で戻っていった。












…その夜、
久し振りに皆で一緒に寝た道場前の廊下には、銀色の月の光に照らされながらも、6つのジャック・オ・ランタンが、
刳り貫かれた穴から蝋燭の仄かな光を庭に零しながら、仲良く一列に並んで置かれていた。
その中には、頬に4箇所、三角形の穴が開いたジャック・オ・ランタンと、額に丸い穴が開いたジャック・オ・ランタンが2つ、
寄り添うように並んで、月の光に照らされていた。




















 ※ 『Kerzenlicht』 [ケルツェン・リヒト]<独語/中性名詞> 「蝋燭の灯」





 <UP:04.10.18>