待っていろ、と言われた。



…だから待ってる。



でも、何時まで経っても、どれだけ待っても帰って来なくて。






――――広い広いお城の一室。

何もかもが真っ白な広い部屋。

其処で待つのは、真っ白なドレスを着たお姫様?

それとも只の、“玩具の人形”――――…?









+++  das Versprechen  +++








「まだかなぁ…」
広い広い部屋、自分しか居ない部屋。
冷たい床に身体を横たえて独り呟く。
―――彼が居なくなった時から解いたままの長い髪を、無造作に床に散らばせたまま。


「まだ、帰って来ないのかな…?」
先刻から続く溜息。
もう何度ついたかも判らない。
「まだ、かなぁ…」
窓から差し込む光はとても暖かかいのに、心は寒いままで。






窓の外には広々とした空。



限りなく“自由”な世界。



…でも窓には格子が嵌められていて。






――――私の名前は「××」。

真っ白なドレスを着て、真っ白な部屋であの人の帰りを待っているのに、

『 ワタシノナマエハ 「**」。 』

でも、あの人は帰って来ない――――…。







――――『棄てられちゃった?』


…そうかも知れない。


――――『じゃあ、此処に居る必要ないじゃない。』


そうかも知れない。…でも、待ってる。


『如何して?』


約束、だから。


『帰りなよ、貴方が元居た所に。』


――――…。






『Willst du immer weiter wandern?』

――――Ja.

『Warum bist du nicht gekommen?』

Weil ich liebe――――…







日が傾いてきている。
先刻まで真っ白だった部屋に、少しずつ、少しずつ黒が混じっていく。
「赤も混ぜたら綺麗に見えるかな…?」
闇に染まっていく天井に向けて手を差し出す。
「―――…見えるよね」
楽しそうにクスクスと笑いながら、
右手に持った白銀色の刃を、左手首に当てる。
そして、ゆっくりと刃を滑らせた。


この部屋が闇に堕ちる頃には、

彼も、帰ってきてくれるだろうか。










+++++++++++++++++++++++++++++++










「お前は一体何を…っ!」
其処までは口から出たが、続きが出て来ない。

闇が存在感を増した部屋に只独り。
「…あぁ、 『お帰り』。」

…真っ赤な部屋。
灯りも点けずに、
大きな満月の光の差し込む窓の下、
独り横たわっていた彼の白い服も、壁も、カーテンも。
総てが―――赫い。

「そんな事言ってる場合か!」
漸く帰ってきて、部屋の扉を開けた途端鼻についた匂い。
所謂――――“血臭”。

「綺麗だろ?真っ赤でさ。」
彼は楽しそうな声でそう言って、血に塗れた左手を掲げる。
ポタリ、ポタリ…と、赫い雫が彼の指を伝って床に零れ落ちた。

「何呑気に言ってるんだ!!」
駆け寄って抱き上げた線の細い彼の身体はいつも以上に軽くて、
そして―――氷のように冷たかった。

「俺は、ずっと、この色が欲しかったから」
そう言いながら、カイの方にゆっくりと振り向いて微笑む。

「…?」

「ずっと欲しかったんだ、カイの…瞳の色、だよ。
紅くて、とても綺麗な色」

「レイ…!」

「いつも羨ましかったんだよ。
俺は、この色を持ってないから」

「――――っ!」

「でも良く考えたら沢山持ってる事に気付いてさ」

「だからこんな事をしたのか…っ!」

「そうだよ。」
そう言ってまた微笑む――――幸せそうに。

「…綺麗でしょ、紅い赫いカイの瞳の色。
――――俺の欲しかった色。」


本当に幸せそうな顔で、ゆったりと微笑みながら呟く彼の身体は小刻みに震えている。



「カイ…此処は寒いよ……」




小さくそう呟いた彼は、ゆっくりと静かに金の瞳を閉じた。















ある処に、真っ白なドレスの似合う、

「**」という名の大層美しいお姫様が居ました。

数年後、お姫様は真っ白なお城に住む貴公子の元に嫁いで、

真っ白なお城の真っ白な部屋で、真っ白なドレスを着て

毎日幸せそうに微笑っていました。



――――もう、自分以外は誰もお城に居ないのに。










鳥篭の中のお姫様。








もう二度と帰って来ない人を待ち続ける愚鈍な姫。








“玩具の人形”が最期に望み、願ったのは。










“Komm,süsser Tod.”















<UP:03.2.17>